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Lifestyle Innovation | Soseki21

思考のあしあと、生活の記録。

手紙がつなぎ、手紙からはじまる物語。

ジュリエットからの手紙 [DVD]

 

もらっていちばん嬉しいメールは何ですか? 仕事の忙しさをねぎらうメールでしょうか。誕生日などの記念日のお祝いでしょうか。

ぼくがもらっていちばん嬉しいメールは、添付ファイルに手書きのメッセージ写真付きのメールです。「そんなもの郵便で出せばいいじゃないか」と思うかもしれませんが、お会いしたことがない人の場合、そうもいかないでしょう。住所を教えていないひととも交流できるのがSNSの世界です。テキストでも嬉しいのですが、感情表現に限界があります。手書きの手紙をスマホで写真に撮って添付ファイルで送信するのは、デジタルなのかアナログなのかよく分かりませんが、いただくと意表を突かれた感じがします。だから嬉しい。

かつては「文通」というものがありました。SNS全盛の現在、若い方には「それ何?」とぴんと来ないかもしれません。雑誌などで知り合った遠距離の相手と手紙を交換することです。したがって返事をもらうまで、途方もないタイムラグがあります。数週間も待たなければならない。けれども待っている時間が長いからこそ、返事をもらえると嬉しい。「ええっ!そんな面倒くさい」とデジタルネイティブな世代は思うでしょう。そうです、スローで面倒くさいことが楽しみな時代があったのです。

手書き文字には、そのひとの「身体性」が刻みつけられているような気がしました。文字が角ばっていたり、まるっこかったり、個性がある。便箋の選び方、封じ込まれた匂い、インクの滲みや汚れ、そして内容から、五感で遠距離の相手を想像して楽しむことができました。手書き文字に比べるとテキストは情報を削ぎ落としているので、相手を想像することはなかなか難しいものがあります。ひょっとしたら、ボットかもしれないし(笑)

メールやチャットなら簡単に編集できますが、手紙は手書きだから書き直しが大変です。うまく書けるまで何度も書き損じた便箋を丸めたり、出さずに破り捨てた手紙もありました。恥ずかしいことですが、手紙にまつわるプライベートな話では、二十歳ぐらいの頃、交際していた相手と別れるとき、もらった手紙を全部ダンボールで返送したことがありました(苦笑)アタマにきて、すべての手紙を破り捨てたこともありました。たくさんあったので、結構時間がかかったなあ。いまとなっては、自分でも「おまえ酷すぎるだろ」と思います。メールなら、全件選択してゴミ箱にぽい、で一発で済むことですね。

そんな手紙にまつわる映画として、dTVで『ジュリエットからの手紙』を鑑賞しました。こころがほころぶ映画でした。

イタリアのヴェローナにある観光名所、ジュリエットの家には、女性からの恋愛相談の手紙を壁に貼り付けるそうです。日本でいうと絵馬みたいな感じでしょうか。その手紙は、ボランティアの女性たちで構成される「ジュリエットの秘書」が、ひとつひとつ返事を書くとのこと。

婚約者ヴィクター(ガエル・ガルシア・ベルナル)とイタリアのヴェローナに訪れたライター志望のソフィー(アマンダ・セイフライド)。新婚旅行のはずなのに、ヴィクターは仕事に夢中でソフィーをほったらかし。そこで別行動をとったソフィーは、ジュリエットの家で50年前に書かれた悲恋の手紙を発見します。臨時の「ジュリエットの秘書」として手紙を書いた女性に返信すると、その手紙を受け取った老いたクレアと孫が現われ、50年前の恋人を探して再会する旅に出かける物語です。

とはいえ、前半は物語が浮き足立っている感じで、BGMもサイアクな印象。だいたいガエル・ガルシア・ベルナルは『モーターサイクル・ダイアリーズ』の印象が強いのだけれど、この映画ではうるさいだけの役という感じです。『恋愛睡眠のすすめ』もなんとなく失望したのだけれど、彼は寡黙な方が役者として活きる気がします。

ただし、後半に向けて物語は深みとあったかさを増していきます。とにかくソフィー役のアマンダ・セイフライドが清楚で可愛い。最初は『ビッグ・アイズ』の絵か?と思うほど「目がでかいな!」という印象しかなかったのですが、最後のシーンに至って惚れ込みました。素敵だ。クレアの孫のチャーリーを演じるクリストファー・イーガンもいい男だと思う。しかし、お金持ちの坊ちゃん風で、いまひとつ翳りが見えないところが惜しい!という感じ。

映像としては、イタリアの農園の埃っぽさがよかったですね。ロードムービー的ともいえます。かつての恋人を探す高齢者の旅というストーリーでは、ジム・ジャームッシュ監督『ブロークン・フラワーズ』を思い出しました。あちらはプレイボーイのドン・ジョンストン(ビル・マーレイ)が主人公ですが、こちらは純愛の女性(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)。とはいえ、ふたりとも人生の深みと豊かさを感じさせるシニアという印象です。

しかしながら、お互いに既婚者でありながら、50年ものあいだ忘れられない恋愛相手というものがあるものでしょうか? 映画(フィクション)だから、と言ってしまえばそれまでですが、あり得ないからこそ夢を見るのかもしれません。あり得ない夢もスクリーンの上では実現する。だから映画に惹かれる。現実を忘れて救われたいから、大人のファンタジーが必要なのかも。

消えるSNSなどエフェメラル系のサービスが流行していますが、消さないで残したい言葉もあるはずです。そんな言葉に価値がある。消してしまいたい記憶も多いけれど、記憶はいずれ忘れるでしょう。永遠に残したい強い想いは、一生にあるかないかのものであり、強い想いを綴った手紙が長い時間を経て物語を紡ぎはじめることを信じられそうな映画でした。 

ところで、映画『ジュリエットからの手紙』を観て、あらためエルヴィス・コステロに『ジュリエット・レターズ』というアルバムがあったことを思い出しました。ジ・アトラクションズによるバンド編成ではなく、ブロドスキー・カルテットの弦楽四重奏がバックです。ライナーノーツをしっかり読んでいなかったのだけれど、このアルバムは、各曲が物語というか手紙形式だったような気がします。アルバムの中では「I Almost Had A Weakness」という曲がお気に入りでした。

夏目漱石の『こころ』を挙げるまでもなく、なぜ手紙で書かなければならなかったのか(手紙でしか書けなかったのか)という理由には、心理的にも物理的にも理由があると思います。また、SNSで公開せずにそっと消した投稿があるように、出せなかった手紙があるはず。

手紙に関連する映画では『her/世界でひとつの彼女』の主人公セオドア(ホアキン・フェニックス)も、手紙の代筆業の仕事をやっていました。こちらは近未来の世界なので、ディスプレイに向かって音声入力で手書き風フォントによる代筆を行い、AIに校正や添削をさせていました。『イルマーレ』も時空を超えた手紙がテーマです。まだ観ていないのですが、尊敬するジュゼッペ・トルナトーレ監督の最新作『ある天文学者の恋文』も気になっています。

音声対話型AIが氾濫しつつある現在だからこそ、手紙によるコミュニケーションを考察することは、面白いテーマかもしれません。手紙はテキスト(記号)の意味だけでなく、筆圧や汚れや乱れ、あるいは余白に書かれたイラストの落書きの「ノイズとしての情報」も含めて、ノンバーバルコミュニケーションのようなデジタル化できない潤沢な情報があるのではないか。

OCRを発明したレイ・カーツワイル氏には申し訳ないけれども、逆OCRがあると面白そうです。つまりテキストの文章を、個々人の特徴量をコグニティブしたAIにより本人が書いたような手書き文字の手紙に変換するという。

久し振りに手紙を書いてみようかな、と思いました。おそらく投函することのない手紙になるかもしれませんが。

 

■参考


ジュリエットからの手紙

 

ビッグ・アイズ [DVD]

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ブロークンフラワーズ [DVD]

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ジュリエット・レターズ

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Elvis Costello & The Brodsky Quartet: "I Almost Had A Weakness

 

こころ

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イルマーレ [DVD]

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ある天文学者の恋文 [DVD]

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ポスト・ヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき

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