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思考のあしあと、生活の記録。

アレかコレか、あるいはアレもコレもか。

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アレをしながらコレもしなきゃと考えると、アレもコレも落ち着いてできなくなるので、コレをするときにはコレに集中したほうがいいですね。ただ、アレとコレをスイッチングして(切り替えて)集中できると面白い。同時に考えたりやろうとしたりするのはムリだと思います。とはいえ、リモコンでテレビの番組を切り替えながら観ることをザッピングと言いましたが、ソレです。

いつもぼくは何冊かの本を同時進行で読みます。現在は『百年の孤独』のほか5冊ぐらいの本を並行して読んでいます。そうすると「あれ? いま読んでいたのはガルシア・マルケスだっけ、チャールズ・ブコウスキーだっけ?」と混乱することがある。チャールズ・ブコウスキーの『勝手に生きろ!』は読んじゃったんだけど、村上春樹さんの『騎士団長殺し』を買ってしまったもので、混乱復活です。

この混乱が結構面白いんですよ。まったく別々の物語を勝手に結合しちゃったりするんですね。脳はいい加減です。

黒川伊保子さんの本に書かれていたと記憶しているのですが、年を取ると新しい発想より何かを「つなげる能力」が発達するそうです。おっさんがダジャレを言うのは、そのつなげる能力をムダに開花させちゃってるせいであります。50歳を過ぎると脳の大団円を迎えるとか、そんなことが書かれていました。なんとなく分かる。分かるし、その大団円に期待したい。

人間の能は人工知能みたいに0/1で切り替えるのが難しい。デジタルじゃありません。アナログです。その切り替えができるひとがアタマのいい人間の能力のひとつではあるのだけれど、混乱もしくはAとBというまったく違うものの共通点を発見してつなげてしまうことは、人間ならではの魅力と感じます。

ミュージシャンでは、マルチプレイヤーに憧れていました。ギターもベースもドラムスも全部弾いてアルバム作っちゃうような方々ですね。トッド・ラングレンとかポール・マッカートニーとか。しかしながら何のためにマルチやっているのか理由がないと、ただのチンドン屋さんになってしまう。器用貧乏なだけ。

チンドン屋さんというのはアレです。背中に大太鼓背負って足で踏んで鳴らして、ハモニカ吹きながらヴァイオリンなりギターを弾いちゃうようなひと。凄いですよね。凄いんだけど「すげー」で終わってしまう。才能があるんだかないんだか(苦笑)大道芸人的には素晴らしいと思っています。批判ではなく褒め言葉です。あしからず。

そんなマルチプレイヤー志向で、写真も撮れる、文章も書ける、ついでにデザインもできちゃうようなクリエイターが登場しつつあり、いろいろできるといいかな? みたいな感じで自分も仕事の幅を拡げたのですが、あらゆることに手を広げてどれも中途半端だったら意味がないなあ、と感じました。当たり前か。

あらゆることに興味を抱いて関心の幅を拡げることは大事です。視野が拡がる。けれども同時に「深み」がないと薄っぺらな人間になってしまう。たとえばカメラに興味を持ったとしたら、構図や光の研究をしたり、操作についてマニュアル頼りだけでなくスクールで学ぶとか、一定の技術をつけるべきです。

ギターに関しても同様で、昔からコードでじゃかじゃか弾ければいいだろ、みたいな感じでしかやっていなかったのですが、最近は運指の練習大事かも、と考えています。いまさら何を当たり前のことを言ってるんだという感じですけど(苦笑)、じみーにメトロノームアプリに合わせて運指の練習をします。

ある程度の知識があれば写真は撮れるし、ギターもなんとなく雰囲気で弾けてしまうのですが、イチローが素振りを毎日何度もやるように、知識を実践して何百枚も写真を撮るとか、何時間もギターで同じフレーズを弾き続けて指を鍛えた努力は、一枚の写真に、ポーンと弾いたひとつの音に、必ず反映されるものではないでしょうか。

仕事もそういうものではないか。才能のある人間は別です。才能のある人間はときに努力を超越することもあります。しかし、だ。一発屋で終わる可能性も高い。ベンチャービジネスで脚光を浴びても、消えていった人間は数知れずじゃないですか。ところが、ひたすらじみーな努力を続けた人間は残る気がします。

大学院なり高等教育を受けて、たくさんのことを学んでいても、個人的にすげープレイができたとしても、個性がなければ他人を振り向かせることはできません。また、実際にやってみなければその実力のほどが分からない。匿名じゃ分からん。実名でやらなければ。

やれば凄いというのはわかります。じゃあやれよ、と。だいたい匿名で石を投げるような人間は批評家になりがちで、他人の仕事やプレイは批判する。でも自分はやらない。やっているところを見せない。それでは、どれだけ凄いのか、分からないじゃないですか。そんだけ言うなら、やってみろ、と言いたい。

ま、他人のことはどうでもいいですけど。

自戒しました。なんでもできます的なチンドン屋さんにならないこと。「やればできるんだけど」で逃げて安全な場所から石を投げるだけの批評家ではなく、下手くそでもプレイヤーであること。眼前にある興味関心を徹底的に深掘りすること。努力すること。

心がけたいです。忘れずにいたい。

話は変わるのですが。

年老いた田舎の母の話を聞いていると、あらゆることを怒涛のように話しはじめるので(裏山の木の剪定から税金のことから健康診断の結果から)「ちょっと待った!いま話していることは何だっけ? 問題を整理しよう!」とイライラすることがあります。ただ、その混乱は脳梁の太い女性特有の思考ではないかとも考えたり。

これもまた黒川伊保子さんの本に、構造上、左脳と右脳の橋渡しをする脳梁の太い女性は「ながら」仕事が得意だというようなことが書かれていました。だから料理を上手にできる。大根切っている間に、味噌のことを考えられる。雨が降ったら、干してある洗濯物のことを考えつつ、傘を持っていかなかった息子のことに想いを馳せることができる。

男性はどちらかというと直線的(リニア)思考なので、同時に何かを考えるのは下手です。だから、PCでいえばマルチタスクの同時並行的な処理が難しい。あえてやろうとするならば、直線的思考を瞬時に切り換えるスイッチ思考を身につけるしかない。

ロジカル思考というのは直線的傾向が強く、一本筋の通った考え方になる。ソシュール的に言うとシンタグム(連辞)的でしょうか。一方で感覚思考は、同時並列的に世界を考える。こちらはパラディグム(範列)的です。このふたつはバーサス(VS)の二項対立で考えるべきではなく、どちらの視点も獲得することが大切ではないかと考えます。

こんなことを書くと顰蹙をかいそうですが、たぶん仕事ができるオトコは浮気も上手じゃないかな、と。というのは、並行処理がうまいからです。ただ、多くの男性は直線的=ロジカル思考だから、きっと上手にやろうとしても脳の構造上失敗は目に見えている。家庭にいるときにコイビトのことを考えちゃったり、コイビトといるときに家庭のことを考えちゃったりする。ひどいやつは、言葉にして相手に言ってしまうかもしれない。おそらく浮気している女性もいるかもしれないが、切り替えがうまいんじゃないかと想像しますね。あるいは言い訳がうまいのか。言葉力があるのか。

人生、複数の問題を抱えて混乱しているときが必ずあります。それがいいことならば救われますが、いいことじゃない方が多いでしょう。しかしながら、そんなときは「ああ、オレっていまものすごく人間しているなあ」ぐらいの気持ちでいるのがいいんじゃないか、と考えています。

混乱から思いも付かない共通点や類似点を発見することができれば、それが「創造性」ではないでしょうか。混乱けっこうじゃないですか。人工知能じゃないんだから、そう簡単に正解は出ません。逆に二項対立のような割り切れた正解が即座に出てきた場合、その回答を疑うべきではないだろうか、と感じます。きっと何かを見落としている。いや、対立的構図にするときに、排除している細やかな何かがあるはず。

人間の生活は0/1で割り切れるような、デジタルなものではありません。黒と白の間には、途方もなく長い灰色のグラデーションが横たわっています。

迷いは創造の一歩手前ではないでしょうか。

早急に回答を出さずに、大いに悩みましょう。「みんな悩んで大きくなった」かどうかは分かりません。悩んでいるだけで考えない人間は、むしろ小市民的小物かもしれん。悩むのではなく考えるのが大事かも。ただ「オレには悩みなんか全然ないぞ。がっはっは」という粗雑な人間は、他人の悩みを理解することはないだろうし、あらゆることに粗雑じゃねえのかな、と考えます。

悩みが多すぎて考えることを放棄した人間と付き合うと非常に面倒くさいのですが、一方で、悩みがないと豪語する人間もうっとうしい。奈落の底に落とされたような経験をしつつ、にこにこ笑っている方にはアタマが下がります。悩んでもいいけど、悩みは自慢すべきことじゃないし。

「いまでこそ笑い話だけどさあ、こんなことがあってね」と、めっちゃしんどい話を微笑みながらできる人間を、ぼくは心からリスペクトします。

■参考

 

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

 

 

勝手に生きろ! (河出文庫)

勝手に生きろ! (河出文庫)

 

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編