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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

「奪う」側から「与える」側へ。

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長いあいだ受託系の仕事をしてきたのですが、マズイと感じたのは受託に甘んじると起業家精神が失われることですね。自社開発の発想がなくなる。これは『マイクロモノづくりはじめよう』という本にも書かれていて、下請けが長い中小企業は受託が減ったときこそ自社製品開発の契機。しかし困難であると。

ぼくは「受託系の仕事はダメだ。新規事業をつくらなきゃ」と言いたいわけではなく、受託系の仕事はお客さまの困っていることを高度な専門能力で解決なり支援なりしなければならないので重要です。しかし「下請け思考」に依存してしまうのは安全なようで、長期的には非常にリスキーであると感じました。

言い換えるならば「ビジネスマン思考」ではなく「サラリーマン思考」、やや問題ありかもしれないけれど「公務員的思考」にどっぷり浸かると抜けられなくなる。受動的に「やることさえやればお金がもらえる」感覚でいると、ある日、経営者が「スマン。給料払えない。倒産だ」というときにアウト。

もしかすると「年金」も同じかもしれません。もらえると思ってのほほんと構えていると「払えなくなっちゃったので2,000万円自分でなんとかしてください」ということになる。そのとき、自社製品開発ではありませんが自力で「稼ぐチカラ」をつけておかないと青ざめますね。実際、青ざめていますが。

現在、老いた政治家にせよカルロス・ゴーン氏のような経営者にせよ「とりあえず自分の利益を確保したら、あとは知らん。じゃねー」という「やり逃げ」のスタンスが強いと感じます。次世代の社会のことなんか、どーでもいい。それはあまりにも酷すぎるでしょう。まあ、ぼくも同じかもしれませんが。

「生きる力」が学習指導要綱に盛り込まれ、実践的な教育がこれから展開されるはずですが、「生き難い社会」に生きる力は相当ハードルが高いのではないだろうか。もしBI(ベーシックインカム)が導入されないのであれば「稼ぐ力」から強化しなければならないですね。教科書より「強化書」が必要。

そんなわけでいま真剣に考えているのは、仕事は下請けだったとしても「下請け思考」を完全に捨てようということです。当事者意識を持って取り組む。また、請けている仕事から何か派生して新しい仕事を生み出せないか考える。パイを奪い合ったり、弱者から金を巻き上げていても何もならんでしょう。

たとえば音楽のリスナーでいるだけでなくコンポーザーになれないか。写真や絵画を鑑賞しているだけでなくアーティストになれないか。製品を購入するだけでなくモノづくりできないか。読書を楽しむだけでなく書けないか。考えると同時にヘタクソでいいからやってみること=行動が大切かな、と思います。

野菜だって買うだけでなく家庭菜園で作れないか。魚を養殖できないか。肉・・・は難しいか。でも、料理できないか。プロシューマー(生産者であると同時に消費者)という言葉もありましたが、受動的に消費しているだけでなく、能動的に何かを作り出さないと「奪うだけ」の社会になる危機感があります。

投資に関しても「不労所得で遊んで暮らすための手段に過ぎない」と極論的に考えていますが(間接的には企業投資であれば企業を通じて社会に還元されるかもしれません)、課税するなり一部を寄付するなり利益を分配していく社会にしなければ、この先のミライは金の亡者のミイラばかりになるのでは。

奪う側、消耗する側、消費する側から、与える側、豊かにする側、生産する側に従事する人間が増えることが必要なのでは?と考えます。それは実践としても大切ですが、そもそもマインドセット(思考のパラダイムや価値観)を変える必要があると感じました。自分が変われない。まずは自分から、だな。

 

マイクロモノづくりはじめよう ~「やりたい! 」をビジネスにする産業論~

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