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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

『これからのエリック・ホッファーのために』荒木優太

これからのエリック・ホッファーのために: 在野研究者の生と心得

 

とにかく元気が出る本でした。大学以外で仕事をしながら、あるいは働かずにゴロゴロしながら、自分の没頭したい分野を研究する「在野研究者」。その中から16人をピックアップして略歴とともに紹介した本です。著者ご自身が在野研究者のため視線がとてもあったかい。

16人の在野研究者のうち、ぼくが知っているのは南方熊楠小阪修平ぐらいでした。しかし、女性研究者として高群逸枝吉野裕子の名前もあり、在野で闘ってきたひとはたくさんいるのだな、こういう生き方もあるんだ、と勇気をいただきました。

在野研究者の辛辣な批判精神とガッツには、がっつりこころを掴まれます。大学つまり象牙の塔が必要ないとはいわないけれど、研究より実績を認めてもらう学内政治活動にせいを出すような研究者が多いのではなかろうか。その点きちんと社会に生き、働きながら学ぶのはよいと思うぞ。

在野研究者は変人が多い。前歯を折ったり、ラジカルに大学を批判する。

そんなめちゃくちゃなところがたまらん。妻だけを働かせて研究に没頭する野村隈畔(わいはん)には、さすがに「こいつ、ダメすぎるっ!」と著者がツッコミを入れるのだが、思わず笑ってしまいいました。

このくだりは、にやにやしちゃうほど面白いです。野村隈畔という哲学者の生きざまは最高だ。このひとはぜったいに働きたくなくて「死ぬ気でごろごろ」する人生を貫いて、最後は愛人と情死しちゃったという人です。

哲学研究者と哲学者は違うことを中島義道氏も本で書かれていた気がしますが、在野で研究する野村隈畔は象牙の塔にこもって研究する学者とは違って、生き方そのものが哲学という印象。一冊も小説を書かずに「小説を生きる」人生もありかな、と考えました。漱石の『草枕』に登場する、一枚も絵を描かない画工みたいですが。

とはいえ、ビンボーな生活に耐えて夫を支えた上に愛人と情死されちゃったら野村隈畔の奥さんとしてはたまったものではないだろうし、相沢忠洋という考古学者も「家庭の団欒」と書いた文章を読んだ長女から「何だこれ」「腹が立つ」と言われていて、変人として生きるのも楽ではないなあ、と(苦笑)

自分もかなり変人の部類だと思うのですが、『これからのエリック・ホッファーのために』を読むと、ぜんぜんふつーじゃん、むしろ常識に縛られていないか?というか、負けたーという敗北感がありました(笑)。教師でありながら詩と童話を作り、作曲までした宮沢賢治にも、かなりの敗北感があるのですが。

しかしながら在野研究者のなかには同人誌を作ったり、小阪修平のように寺子屋塾というコミュニティを作ったり、独自メディアを立ち上げている人間もいます。「大学」という象牙の塔に縛られなくても、学ぶ場=コミュニティはいくらでも作ることができる。

しかしながら、「自前メディア」というと現在でいえば、流行りのサロンやブログになりそうです。ぼくは在野研究者が作った自前メディアは何かが違うような気がする。いちばん大きな点は「儲けること、メディアを拡大することが目的ではない」ことだろう。

大学の研究は教授として権威を得ることが大きな目的のひとつであり、サロンやブログは信者と金を獲得することを目的としていると考えています(偏見かもしれないけれども)。それは「邪念」を原動力とした研究でしかない。しかし在野研究者の研究は、純粋に研究対象に向かっている気がしました。

ところが純粋に研究に没頭するとなると、生活費を研究以外の労働で調達(もしくは妻などが援助)しなければならないので、経済的にビンボーになります。また独自路線のトンデモ理論を展開しがちになる。その点では、アカデミックな研究のような客観性や事実確認がおろそかになりがちなので注意すべき。

とはいえ、現在セルフブランディングや◯◯で稼ぐ方法などのセミナーやサロンが多いのですが、これらは在野研究とは一線を画するもののようにしか思えないですね。たとえば儲けるための手法をサロンで教えるより、「北園克衛プラスティック・ポエムの研究」のようなテーマが在野研究だと考えます。

副業あるいは複業を認める企業が多くなりました。しかし、金銭的にビンボーで本業と複業(複業)で稼がなければならないとすれば、自分の時間や生活をすり減らして消耗するだけの人生になるような気がします。これは、材や研究者とは違う。在野研究者として興味のある分野の研究をすることは楽しそうです。

まずは最低限の生活水準を維持するために稼がなければならないですね。経済的基盤を固めることは大切。しかしながらミニマムな生活基盤を確立し、それ以上のものを求めず、在野研究者として暇な時間に興味のある分野を研究するのが最高の人生ではなかろうか。

最後にひとつ。この本は、isutaという女性向けサイトの占いで、占い師のSUGARさんが牡羊座のぼくにおすすめされていて、衝動的に買ってしまった本です。エリック・ホッファーについてはと完全に無知だったのですがが、在野の研究者という存在を知って「そういう人になりたかった!」とあらためて自分の方向性がみえました。SUGARさんに感謝しております。

冒頭には「本を書く人間が清掃人や本を印刷し製本する人間よりもはるかに優れていると感じる必要がなくなる時、アメリカは知的かつ創造的で、余暇に重点を置いた社会に変容し得るでしょう」という言葉があります。やられましたね。ほんと、その通りだと思う。

書くことは特権階級に許されたことではなく、本を出したからといっても何もエラくない。荒木優太氏は「大学や研究室や学会の外にもガクモンはあるじゃないか」と訴えています。同感です。むしろ、閉ざされた「象牙の塔」でシコシコかいている論文は、まったくの自己満足で、社会の役に立たないものかもしれん。

ぼくはむしろ大学なんか行かなくても、みずからネットや旅による実体験を基盤に「挑戦」と「創造」を行い、自由に人生を謳歌する人間が、もっともしあわせになれるんじゃないかと考えます。などというと、受験生を終えて大学に未来を抱いている若いみなさんには失礼かもしれませんが、受験ごときで人間の大きさは測れないものです。おそらく社会に出ると分かるはず。

ところで、エリック・ホッファーって誰?いまだに分からないんですけど(苦笑)

ま、いっか。

 

isuta.jp