Lifestyle Innovation | Soseki21

つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

創造的な生活を生きる。

ピアノの鍵盤と指:Soseki21ブログ

 

ジュゼッペ・トルナトーレ監督が好きで、どの作品もよいけれど『海の上のピアニスト』はお気に入りのひとつ。一度も陸地に降りることなく船で育った孤児のピアニストである主人公「1900」は、乗客個々のイメージから即興で音楽を作ります。そういうことができるといいな、と。

たとえば今日のような素晴らしい朝の風景を眺めると、自然に音楽が聴こえてくるようになるといい。そんなことができるのはモーツァルトぐらいかもしれません。凡人のぼくには、いま音は聴こえないですね(鳥の声は聴こえる)。ただ、本質をとらえてイメージを具体化するエクササイズとしてはいいかも。

共感覚(シナスタジア)のある人は、音に色がみえるそうです。メシアンスクリャービンには共感覚があったとのこと。逆に、色(風景)から音が聴こえてくるといいな、と思います。先日、人間の第六感として磁力を感じる力があるという研究結果が発表されましたが、知られざる能力があると面白い。

ぼくは音大生ではないので分かりませんが、音大では、あるイメージから作曲する課題があるのかもしれない。その訓練を繰り返せば、生活から自然に音楽が生まれるかもしれないですね。おおげさじゃなくても、天気や気分のいい日は、でたらめな鼻歌が出てくるだけでもいい(笑)立派な創作でしょう。

音楽を通じて、いろいろな人と出会いました。もう疎遠になってしまって消息が分からない人が多いのですが、SSWであればいまでも(子どもに聴かせる鼻歌でいいから)歌っていてほしい。ピアニストなら街頭のストリートピアノで、ぽーんと鍵盤を叩いてみるようであればいいなあ、と思っています。

表現者や創造的な人生というのは、作品を作らなきゃいけないわけではなく、また才能のある人間に与えられた特権でもないと思います。「生活を創作」することによって、音楽的にも小説的にも生きられるのではなかろうか。誰でも創造的に生きることはできるわけで、気負うことはないんじゃないかな。

人生には「若気の至り」があり、封印して二度と公開したくない音楽があることも分かります。しかし個人的な考えとしては「歴史はなかったことにはできない」し、どんなにヘタでレベルが低くても自分の生み出した作品は愛すべきではなかろうか。過去の自分が、かわいそうじゃないですか。

マニアックな話になりますが(苦笑)、ぼくは額が広がっちゃったかなというロディ・フレイム(アズテック・カメラ)が、いまだに80年代にリリースしたファーストアルバムで最初の曲「Oblivious」を楽しそうに弾き語りしていることが嬉しかったですね。無理に歌うことはないと思いますけど嬉しい。

もちろん過去に執着していては未来はない。けれども、過去の作品のパワーに勇気づけられることもあるし「まったくアレンジ変えてみるか!」という挑戦もできる。ぼくは重いうつ病に罹患しているとき、まったく音楽を聴くことができなかったのですが、寛解したとき「やっぱ音楽はいいぞ!」と。

今日はcrisp(さわやか)な空が拡がっていますが、空がきれいだとか太陽があったかいとか、そんなことをまったく感じられない状態のときがあり、いまも時々あります。ただ、きちんと感じられる日には、その恩恵に感謝したい。できればこの青空みたいな曲を作りたいんだけどなあ。難しいですね。

 

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映画「海の上のピアニスト」日本版劇場予告

 


Roddy Frame - Oblivious - live & acoustic Ampere Munich 2015-02-25