Lifestyle Innovation | Soseki21

思考のあしあと、生活の記録。

言葉に関する些末なこだわり。

青鉛筆と赤鉛筆:Soseki21ブログ

 

英語が苦手なので勉強したいと考え、朝に短い挨拶のツイートをしながら、ネットで調べて日本語を英語に翻訳しながら独学をしています。

今日は、次のように書きました。

A thin cloud covers the whole sky. I got up early and took out the garbage. Then I cleaned and weeded around the entrance. I recently had a backache, but the pain in my back was healed after cleaning. Being steady everyday life. It is important to me.

書きたかった和文は、以下のようなことです。

うっすらとした雲が空全体を覆っています。早起きしてゴミ出しのついでに、玄関まわりの掃除と草むしりをしました。おじいさんのようですが、最近、眠るときに背中のひどい痛みに悩まされていたのが、なぜか軽減しました。しっかり日常生活を送りなさい、という警告だったのか。

完全に和文と英文は一致していません。語学力がないので(苦笑)しかし、今日躓いたのは、細かいことですが「important to me」なのか「important for me」なのか、ということでした。

他の人も含めてなら「to」、他人のことは知らんが自分にとっては「for」という解説があり、それがいちばん分かりやすかったのですが、それでよいのだろうか、と。

しかし、英語の前置詞はもちろん、日本語だって分かっているようで分からないことが多い。

たとえば「ぼくが」と「ぼくは」など。前者のほうが限定的な気がします。分からなくなったので、前田安正さんの本を引っ張り出したら「未知情報+が」「既知情報+は」と書かれていました。

でも、どうなんだろう。たとえば自己紹介で「ぼくが前田です(未知情報)。ぼくはこの本を書きました(既知情報)。」といえる反面、「ぼくは前田です。ぼくがこの本を書きました」ともいえるのでは。「ぼくは(あの作家の)前田です(既知)。ぼくがこの本を書きました(未知)」ということ?

まだ混乱しているのですが、ひとついえることは主語に「は」と「が」のどちらを使って自己紹介するかによって、自己顕示欲や俺様意識が分かるかもしれない(笑)おまえ、わしを知らんのかーみたいな。面接の場合は、資料が既に手元にあるので「私は(既知情報)」「私のやってきたことは」でしょうね。

悪の大王が初めて登場するときを考えると、未知情報なので「おれさま“が”悪の大王だぁ!」でしょうね。ただ、「なんて酷いやつなんだ、おまえは!」といわれたときには既知情報なので「おれさま“は”悪の大王だからな。ふっふっふ」なのでしょう。よく分からんが。

そういえば志村けんさんに「変なおじさん」というコントがありましたが、「何だお前は?!」と訊かれると「そうです、わたし“が”変なおじさんです」と言っていました。未知情報に遭遇するからびっくりするわけで、「そうです、わたし“は”変なおじさんです」なら「ですよね、やっぱり」でおしまいでは。

何気なく主語に接続している「が」「は」ですが、使い方によって文章が変わり、意図も変化する。面白いと感じました。ちなみに言葉には癖があり、ぼくは校正士さんに「あなたは“も”を使う頻度が高いようです」と指摘されて、そうなんだ!と感謝したことがありました。まったく意識していませんでした。

ぼくはなぜ「も」を使いたがるか。おそらく「いつも複数の現象の本質的な共通点を探ろうとしている」思考の癖がひとつ。もうひとつは意図的な面として「も」を使うことによって、書きたいことが「偏向によって導き出されたものではなく普遍的」であることを裏付けたいのではないかと思います。

「そこにこだわってどうする?」的な些末なことですけれども、自分の使っている言葉をときどき点検して、メンテナンスするといいと思います。文章を書いたり、会話を録音してみると一目瞭然ですね。無意識のうちに不適切な発言があったり、ここはもうちょっと気配りできないのか?などと気づく。

言葉は難しいです。しかしながら、難しいから面白いんですよね。

 

マジ文章書けないんだけど ~朝日新聞ベテラン校閲記者が教える一生モノの文章術~

マジ文章書けないんだけど ~朝日新聞ベテラン校閲記者が教える一生モノの文章術~