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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

『つぎはぎ仏教入門』で知った、仏教に無知だった自分。

蓮の花:Soseki21ブログ


呉智英著『つぎはぎ仏教入門』読了。いかに自分が仏教について知らないかを思い知りました。とても分かりやすくて刺激的な本です。著者は「仏教を信仰していない」と何度も念を押しています。しかし、だからこそ宗教の外側から仏教全体を俯瞰し、キリスト教とも比較しながら意義や問題を浮き彫りにしている。

そもそも釈迦は、生まれた子どもに「束縛」という意味の名前を付け、家族を捨てて山にこもりました。変人というかエゴイストですね(苦笑)。覚りを得ても「苦労して覚ったけど一般人には分からんだろう。自分だけのものにしておこう」と考えたそうです。これが小乗仏教の起源。

ところが覚りを自分のものだけにしようとした釈迦に、最高神梵天が「いやいや、釈迦くんさあ、世界は大変なことになっているよ。その覚り、みんなに伝えようよ。きっと理解してくれるひとがいるはず」と諭します。それで釈迦は法を説くようになりました。これが大乗仏教の起源。

最古の仏典「スッタニパータ」には「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉があり、これが釈迦のほんとうの言葉に最も近いとのこと。福沢諭吉の表現にすると「独立自尊」かもしれないですね。釈迦は苦行を諦め、身体を痛めつける苦行自体を「固執」と考えているます。

最期には、自分を神格化せずに、ぜったいに仏像なんて作ってはいけないと言い残してなくなった、と書かれていました。「仏像なんて作ったら、ぶつぞう」みたいな(笑)。自分の語った覚りに救いやご利益を求めるのではなく、個々がいまを十分に生きることが覚りなのかも。

仏教に「輪廻」の思想はないということが意外でした。古代インド文明では輪廻は信じられていましたが、覚りで得られる神通力や輪廻からの解脱について釈迦はいっさい語っていなません。このことを「無記」というそうです。要するに「妄想は不毛、いまここにいる自分の考え方を変えようぜ」と、ぼくは解釈しました。

釈迦は性格悪い(笑)。性格の悪さに関しては、ぼくも負けませんが(性格悪い選手権があったら、上位にランキングされそう。笑)、だからこそ「覚る」ことがある。この本を読んで釈迦のイメージが180度変わったのですが、だ逆に親近感がわきました。性格悪くても、いいと思います。たぶん現代に釈迦がいたら、そーとー嫌なヤツだったのではないかなあ。

ツイッターのフォロワーさんから釈迦は「あなたが言った言葉はあなたが受け取るのであり私は受け取らない持ち帰りなさい」と言ったことを教えてもらいました。とはいえ釈迦だから美談にされますが、一般人だったら「なんて聞く耳を持たない人間だ」みたいな嫌われそうなやつです。でも、それでいいのでは。ツイッターでたまにブロックすると批判されますが「その言葉、お持ち帰りいただきたい」という方が多い。

後半で著者は、現代の「自我という病」が「最も悪い現代病」と指摘します。要するに「自己愛」なのですが、仏教では愛を「貪り執着すること」 という「おぞましい衝動という否定的な意味」で使っていると書かれていました。だからこそ釈迦が覚った「中道」が必要ではないかと述べています。

最後に著者は僧侶を「仏教労働者」として位置づけ「職業倫理」が必要であるとし、医療の現場では「グリーフケア(grief care)」という遺族のこころの痛みを癒やすことが医療の一分野となり、葬式仏教の役割も大きいとしています。超高齢社会では大切なことです。

今月中旬に「フューネラルビジネスフェア」という葬儀業界向けのBtoBイベントがあるのですが、ここでも遺族のこころを癒す「グリーフケア(grief care)」やエンディングサービスを視野に入れつつあるようです。高齢の親を持つ自分としては、当事者として考えたいですね。

 

つぎはぎ仏教入門 (ちくま文庫)

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ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

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