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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

いまを生きること、体験を語ること。

紫陽花と虹:Soseki21ブログ

 

「よい小説は物語への没入感があるだけでなく、自分の過去の記憶を想起させるものだな」と、平野啓一郎著『マチネの終りに』を読みながら考えました。トヨタ自動車の社長、豊田章男氏のバブソン大学の卒業式スピーチも同様です。ご自身の体験を交えながら、同じような自分の体験を思い出させます。

もしかすると、こころに残る「共感」の正体は、普遍的や概念的である必要はなく、むしろ具体的な個人の体験を語ることにあるのではないか。トヨタ自動車豊田章男氏はアメリカのドーナッツの美味しさに感激した体験から「あなたのドーナッツ(=楽しみ)をみつけなさい」とアドバイスされています。

トヨタ自動車豊田章男氏が語るドーナッツは、比喩的に「楽しみ(Fun)」を表現していて、やや難しいことを言うと暗喩(メタファ)なのですが、具体的なモノによって全体をあらわしているので提喩(シネクドキ)的表現でしょうか。FUN TO DRIVE, AGAIN.という広告キャンペーンにもつながっています。

大統領や経営者のスピーチには、スピーチライターと呼ばれる影武者が原稿を作成することがあります。『英国王のスピーチ』という映画が好きなんですけど、吃音でスピーチができない国王(コリン・ファース)を言語療法士ジェフリー・ラッシュ)が指導して支えるという、こころあたたまる映画でした。

しかしながら、トヨタ自動車豊田章男氏が行ったスピーチは、スピーチライターがいないのではないか?と感じました。もちろん広報の方などが事前にチェックされたと思いますが、何よりも原稿ではなく聴衆を見ているし、ご自身の体験と企業理念と学生へのアドバイスが一体化しています。すごい。

思い起こして愕然としたのですが、ぼくは小学校から高等学校まで、あらゆる行事の「校長先生のお話」をひとつも記憶していないんですよね。ダメな生徒だったからかもしれませんが、それらはすべて「儀式」であって、形式的にお経が唱えられているようなものだった。退屈と苦痛に耐える時間でした。

トヨタの社長さんのように素晴らしいスピーチを、とはいいませんが、経営者や校長先生など上に立つ人間は、高邁な志と熱意を示しつつも「エンターテイナー」の素養が必要ではないかな、と考えました。理詰めで納得させる「北風」よりも、笑わせて共感させる「太陽」のほうが難しいものです。

一方、アフィリエイトブロガーやカリスマ経営者や起業家を中心に、自分の体験や人生を「切り売り」する人間が多い。その何が陳腐かといえば「儲ける、マウンティングする、ドヤ顔をする」という目的のために語られているから。その目的がうっすら透けてみえることがつまらん。誠実ではないですね。

なので、平野啓一郎氏のような作家にしても、豊田章男氏のような経営者にしても、感動を創り出せる方は「すげーな!」と思います。ただ、おぼろげに気づいたことは「自分もしくは物語の登場人物の体験を踏まえつつ、その背後に高邁な文脈を拡げていること」ではなかろうか、ということ。

音楽をやっていて痛感するのは(文章も同じですが)「どうすれば感動を創れるんだろう?」という疑問です。ぼくには、さっぱり分からんのだな。久石譲さんに『感動をつくれますか?』という本があります。分かりません、というのがぼくの答えです。感動を創る法則もマニュアルも正解もありません。

うーむ。なんか難しい言葉になってしまって困惑しているのですが、ぼくが言いたかったのはもう少しシンプルでミニマムなことでした。人工知能(AI)は「体験ができない」じゃないですか。多くの人間の体験のコーパス(辞書的なもの)から確率統計的に疑似体験を創出することはできても、それは本物じゃない。

したがって、自分自身の「体験」はどんなに楽しくてもツラくても「自分だけの価値」であって、楽しいとかツライいとかいう抽象概念にまるめることはできない。かけがえのない体験。どんなに人工知能がうまく歌えても、それってきみが体験したことじゃないよね?はっはっはっ、嘘じゃんということです。

「嘘(虚構)を創造すること」にも意義があると考えます。しかしながら、「言葉に意味を与えるのは体験ではないか?」と考えていて、だからこそ記号としての言葉「楽しい」があったとしても、そこには百人百通りの体験を通じた意味がある。記号の背後に無数の文脈のネットワークが張り巡らされている。

どーしても難しいことを言ってしまう自分に困惑しているんですが(苦笑)、あえて簡単にいえば「ぼく(あなた)自身のかけがえのない体験を大切にしましょう」ということです。ぞんざいに「楽しい」「ツラい」という言葉に置き換えるのは、もったいないよね、と。記号化しなくても身体に刻めばいい。

要するに「いまを生きること」が最重要かつ最優先で、いまを生きるように文章を書いたり音楽を演奏したりすれば十分でしょう。サーバーの契約期間に更新しなければ、ぼくのブログは消滅しますが、それでぼくが消えたわけではない。過去はなかったことにできないし、生きてきた自分は残ると考えます。

 

マチネの終わりに (文春文庫)

マチネの終わりに (文春文庫)

 

 


豊田章男 米国バブソン大学卒業式スピーチ 「さあ、自分だけのドーナツを見つけよう」

 

英国王のスピーチ (字幕版)

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映画『英国王のスピーチ』予告編

 

感動をつくれますか? (角川oneテーマ21)

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