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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

農耕、狩猟、ホワイトカラー。

 

土器:Soseki21ブログ

 

「農耕」と「狩猟」ということを考えていました。いつものようにどっちが優れているか?ということではなく、どういうことなのだろうという戯れの疑問です。日本人は農耕民族の傾向が強いと思うのですが、農耕は種を撒かなくてはならない。芽吹いた苗を手入れして過ごす忍耐の時間が求められます。

狩猟民族は、獲物に出会ったときに一発で仕留める能力が求められます。ただ、オールオアナッシングで、リターンが大きいかわりにリスクも大きい。獲物を的確にしとめられなければ飢えてしまう。変化に対応し、チャンスを確実にものにする能力が必要で、そのために日々鍛えなければならない。

といっても農耕民族にもリスクがないわけではなく、台風や大雨など気候災害があれば、それまで大切に育ててきた作物が全滅してしまう可能性がある。だから乾燥させて保存食を作るなど、生き延びるための知恵が生まれました。にんげんって、けなげだなあと感じます。遠い昔からそうやって生きてきた。

産業革命があってホワイトカラーが生まれましたが、基本的にホワイトカラーにも農耕民族的働き方と、狩猟民族的働き方があると感じます。個人的には農耕×狩猟のハイブリッドがいいと思うのですが、こつこつ努力して成果を育てるひともいれば、リスクを承知でチャレンジするひともいる。どちらもいい。

純化して社会を考えたのですが、もう少し社会は複雑で、大収穫できる農耕民族と獲物を獲得する狩猟民族が「権威」を持つようになり、あるものは利益を分け与えてコミュニティを形成していった。別のものは独り占めして財をなした。物々交換の経済ができ、腐らずに交換するために貨幣が生まれた。

こうしたなかで、農耕でも狩猟でもない働き方が生まれます。それが「働かずして利益を得る」つまり不労所得のひとたちであり、不動産を貸すとか、誰かの作ったアートの権利を管理することでおこぼれをいただくとか、労働集約型ではない働き方。不動産を貸すのは、住居に困るひとたちのためになります。

しかし、ぼくがどうしても「餓鬼」としか思えないのは、自分では何も創造しないにも関わらず、創造者の権利を「管理」するという名のもとに徴収によって多額な金を貪る仕事ですね。個人的にぼくは農耕にしても労働にしてもホワイトカラーにしても、自力で何かを得るスタイルをリスペクトします。

農耕によって得られた作物や、野原をかけずりまわって獲得した獲物や、サラリーマンが営業して製品やサービスを売ることは、他者の衣食住を助け、あるいは煩雑な仕事を効率化したり悩みを解決する上で大きな意義があると考えます。当たり前のような食事であっても、それを食べられるのはお百姓さんの努力がある。ありがたいことです。

話がやや迷走してきたので元に戻すと、農耕の場合は種を撒くことが基本であり、狩猟の場合は矢じりを研ぐことが必須。同じように、サラリーマンが営業のノウハウや先端技術を学ぶことは必要ですよね。それは遠い昔から何も変わっていないと思う。ホワイトカラーだからどうのこうのという問題ではない。

要するに「先の見えない時代」というけれど、考えてみれば遠い昔から預言者でもなければ先なんて見えなかったわけで、別にいまさら慌てたり騒いだりする必要はないんじゃないかな、と、農耕で種を撒くように、狩猟で矢じりを研ぐように、サラリーマンも不安にならずに自分を淡々と磨けばいい。

大切なことは収穫に夢中になっていると種を撒くことを忘れてしまい、獲物を料理していると矢じりの手入れを怠ってしまい、営業に夢中になっていると勉強を忘れてしまうことですね(笑)なかなか難しいのですが、種を巻くこと、矢じりを研ぐこと、勉強を習慣化することが大切ではないかと感じています。