Lifestyle Innovation | Soseki21

つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

ヒーローってなんだ?

イヌのヒーロー:Soseki21ブログ

 

『ほたるのおしり~The Firefly’s Light~』という絵本動画と山本太郎氏の演説動画を観てから、ヒーローについて考えています。ヒーローとは何だ?とあらためて問うと勧善懲悪の存在であったり、みんなのために尽くす愛される存在だったりするわけですが、最近では複雑かもしれない。

昭和の時代には悪を駆逐し世界を守る強靭な存在がヒーローだった気がします。ただ、ぼくが「あれれ?」と感じたのは、平成に入ってウルトラマンが悩み始めたり、闘うと弱ってしまう仮面ライダーが登場したり、挙げ句の果てには悪のウルトラマン仮面ライダーが登場したことですね。多様化してもうた。

ウルトラマンにしても仮面ライダーにしても群像劇化して、おそらキャラクター展開したときに多品種による購買意欲をそそる目的もあっただろうし、変身するイケメンが大量に登場することで、子どもといっしょに観ているママさんのハートをつかむ狙いもあったのでしょうが、ヒーローも変わってきました。

ヒーローを「主人公」としてとらえるならば、強い部分だけでなく弱い部分もあって当たり前で、それが自然だと思う。しかしながら昭和的価値観でいうと、たとえば家庭においておとーさんはヒーローでなければならず、強くなければならない。ところがヒーローであることに「疲労」しちゃったんだな。

いまでも昭和的価値観のヒーローであり続けることを求めるおっさんは、強靭でなければならず、権力的な力があり、悪を征伐して世界を変えて、絶対的なパワーを誇示しようとしている気がします。とはいえ、政治の世界ではそういうヒーローでありたいおっさんが「間違えた方向」にチカラを使いつつある。

昭和的価値観のおっさんはヒーローであり続けることが困難になり、弱者の揚げ足を取り、弱いものから金を巻き上げ、豪快に笑うのではなく薄ら笑いして自分の非力を誤魔化すようになった。ウルトラマン仮面ライダー、スーパーマンスパイダーマンは架空の世界だから年を取らないけれど現実は違う。

ヒーロー的矜持を維持できなくなった昭和的価値観のおっさんは、自分がもはやヒーローではなく、ただの「強欲で自分のことしか考えられなくなったおっさん」であることを認識すべきではなかろうか。潔く退いて、次世代のヒーローに席を譲り渡すべきではないかと思う。もしくは全員ヒーロー時代だ。

ヒーローの熱意や正義感は、ぽっと他の人間のこころにも火を灯して拡散するものだと考えます。それがムーヴメントであり、言葉の巧拙や仕組みではない。そんな可能性を山本太郎氏に感じます。そして、ヒロインも出てきてほしい。政治じゃなくてもいいのですが、月にかわっておしおきするような。

「ちょっとヒーローはなあ」「ヒロインなんてムリ」でも別にいいとぼくは思う。名前だけ売ったり、フォロワーやアクセスだけ集める浅はかなヒーローやヒロインになるぐらいなら、穏やかな一般人でいいじゃないですか。「主人公」として日々まっとうな生活を送ることの中にもドラマはきっとあるはず。

「英雄」という観点から、政治、歴史、伝説、小説を横断して「ヒーロー論」を考察すると面白そうな気がしました。もう既にそういう論文や著書があるかもしれないですね。たぶん調査にかなりの時間を費やす気がしますが、ヒーローってなんだろうな?気になります。

「月にかわっておしおきよ!」は随分古いなあと思いました。しかし、娘がいないのでどういうヒロインがいるのか分かりません。ついでにそのセリフを考えつつ、この雑文をどう終わらせようか悩んでいたところ「オチにかわって箸置きよ!」という言葉が浮かんだんですが・・・。どうでもいいか(苦笑)

 


『ほたるのおしり』~The Firefly’s Light~

 

www.pscp.tv

 


平成ウルトラシリーズ変身集

 


平成仮面ライダー全変身最終形態 Kamen Rider Final Form Henshin (KUUGA - EX-AID) TV version