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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

創造物と対価、あるいはあまりにも個人的な夢。

蓄音機と女性:Soseki21ブログ

 

「創造物と対価」にかんする自分の考え方を述べます。ぼくは創造物を全部無料にしろとは言っていないし、自分でもデジタルコンテンツを制作するので、それがどれだけ大変なことか分かる。したがって基本的には対価は支払われるべきです。しかしだな「フェアユース」という考え方が重要ではなかろうか。

いま著作権についてきちんと学んでいる段階なので、ぼくの知識は十分ではありません。けれども現状の知識で語ると、海外にはフェアユースという考え方がある。「公正な理由であれば、創造者の許可をとらずに利用してもよい」ということです。公正な理由とは教育や、創造物の価値を損なわない利用。

フェアユースOSSオープンソースソフトウェア)に近い思想ではないか、と個人的にはとらえました。創造者が権利を独占している限り、どんなに素晴らしい発明やイノベーションも拡大しない。SNSやブログで誰もが情報発信できる時代、フェアユースやシェアは付加価値を生む重要な基盤だと考えます。

SNSやブログで「こんなにいいんだよ!」とおすすめされたら、認知拡大のきっかけにもなれば、音源や著書などの「創造物」を購入促進の契機にもなる。しかし「権利を守る」大義で制限をかけた場合、インターネット上からどんどんコンテンツは消えていきます。存在しないものになる。

Kindleで『失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!』を読んでいますが、これがまたちょー面白くて、そこに書かれていたことによるとベートーヴェン以前には楽曲は貴族のためだけのものであり、貴族が対価を払って作曲家は音楽を作って演奏した。しかし、彼以降、一般人も音楽を楽しめるようになった。

ただ、もっと昔に遡れば音楽はジョングルール(道化師)が路上で演奏して、ちゃりーんと対価を得ていたはずです。その演奏は一回きりのものであり、譜面にして「反復」することもできなければ、録音もできなかった。時代を先送りすると、現在ではデジタルの配信が可能でネットでシェアができる。

ぼくは対価をもらえる「仕事として受託する音楽」と、対価を求めない「ライフワークとしての音楽」の2つを考えていて、先日「ものづくりのうた」という曲を作りましたが、このカラオケの著作権クリエイティブ・コモンズのライセンス下において、誰でも自由に使えるようにしたいと考えています。

つまり中小企業で自社CMをつくってYouTubeで公開したいような会社は「ものづくりのうた」を替え歌にして、映像は社員の方に踊ってもらうなど(笑)、ご自由にお使いくださいという形にしたい。というのは、ぼく自身もフリーのVSTiや静止画、動画の素材に随分お世話になったので、恩返しがしたいんです。

いまぼくは創造者としては未熟でぜんぜん稼げないのですが、少しでも稼げるようになったら、利益の数パーセントを楽器が買えない若い世代とか、貧困にあえぐ国の子どもたちとか(日本か、それは。苦笑)還元できるといいなと考えています。税金以外に。そのために創造力を磨く。

「馬鹿」と言われてもなんとも思わないですね。そもそも馬鹿なんで(笑)ただTwitterみたいな狭い場所で、他人の揚げ足取ってコメントして自尊心を満たしている不幸な「老害」たちはどうでもいい。創造的な仕事に没頭し、あるいは道楽の世界に没頭するのが最高の人生でしょ。

どのような創造物であれ、ほんとうに優れたものは「自分の手を離れて時代に残る」と考えます。それを自分の「所有物」として「権利を独占」している以上、腐って朽ちていくばかりではないか。作品を生かしてくれるのは読者であり、リスナーであり、鑑賞者であることを忘れてはいけないでしょう。

ライト兄弟は飛行機を発明しましたが、発明者の権利にこだわるばかりに、後発の飛行機の設計者に対して次々に訴訟を起こし、訴状の山に埋もれて死んでいったとか。そもそも彼等は「空を飛びたい」という純粋な夢で発明をはじめたはずです。しかし、私利と権利に固執する人間の末路はそうだろうな、と。

 

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