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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

読書に夢中、秋だからというわけではないけれど。

草原で読書する女性:Soseki21ブログ

 

特別に「読書の秋」ということはなく、一年中、本に埋もれて暮らしています。これまで一定の期間にたくさんの本を古本屋に持っていって、10円などで売り払ってしまったのだけれど、残しておいたらどうなっちゃったかな?と考えると怖い。

たまに本の谷間で昼寝をしていて、どーっと本の雪崩が起きて、うわーっと埋もれてジタバタしてしまうことがあります。まあ、本に潰されるのは読書好きとしては、ホンモウ(本望)でしょう。本だけに。

10月10日に、白取春彦さんの『生きるための哲学』を読了しました。

 

 

「はじめに」の文章が美しい。魅了されました。仕事と関係なく興味と楽しみから、ジャズを聴きながら赤いソファの上で漫然と哲学書のページを繰ると頭の中に無数の星が輝く、という文章なのだけれど、そうやって生まれた数々の思索で編まれた本です。

ジャズにはあまり詳しくないけれど、個人的な印象でいえば。ビル・エヴァンスなら『自己との対話』や、ジム・ホールとのコラボによる『アンダーカレント』が聴こえそうな文章でしょうか。白取氏が何を聴かれて、思索をめぐらせて著述されたのか知りません。ただ、個人的にはそんな音楽が聴こえます。

たとえ小説であったとしても、よい本は最高のブックガイドとして成立するものだと思います。この本も多くの哲学者の言葉が引用され、文脈(コンテクスト)が名著とつながっていて参考になる。さまざまな哲学者の言葉が冒頭に掲げられ、文中でも解説されている。

さらに哲学者の言葉に(おそらく無音またはジャズを聴きながら赤いソファの上で)思索をめぐらせつつ、白取氏ご自身の人生体験から加えられた考察が心地よい。研究者のような知ったかぶりや押しつけはない。えげつない批判もなくスマート。洗練されています。

「本を読むというのは主張を言いっぱなしの相手とずっとつきあっていくことと似ている」として、読書には「愛」が必要であると白取氏は述べています。その通りだなあ、と思いました。愛のない狭量なにんげんだった自分は、リチャード・ドーキンスの本につきあえなかったことを思い出しました。

読了できなかったリチャード・ドーキンスの本は、無神論に関する本でした。ぼくは神はいてもいなくても構わないんだけれど、そこまで神を否定するかね?と思った。とはいえ、白取氏の本を読んで、まあ、もうちょっとドーキンスにもつきあってみるか、と考えを改めました。

「理性とは相手の気持ちを汲みとること」も、はっと気付かされた言葉です。

「ちょっと蒸し暑いね」という誰かの発言に「はい」で答えているだけの人間は理性があるとはいえない、と例を挙げています。エアコンのスイッチを入れたり窓を開けたりする行為があって、はじめて理性になる。

つまり「相手の言葉の向こう側にあるものを汲み取ろうとする態度」簡潔にいえば「やさしさ」がなければ理性ではない。理性というとコンピュータのようなデジタル思考を考えていましたが、ほんものの理性は、ハイコンテクストな他者理解の上で成り立つものなのだな。

理性的であろうとするならば、やさしくなくてはいけない、と、なんだかハードボイルドな哲学を学んだだけでも、この本を読んでよかった、と感じています。哲学は生きるために必要だと思う。儲けるためとかビジネスツールにも活用できるかもしれないが、そうじゃないだろう。

「学者はこう言っている」「これが正しい」という議論の戯れを否定しませんが、著者が引用するニーチェの言葉でいえば「どのような言葉もそれだけで一つの偏見である」。現実から乖離した不毛な知恵の獲得や論争自体がムダで、生きるための哲学を究めたいと考えています。

ところで、いまは5冊ほどの本を並行して読んでいます。いわゆる「ザッピング読み」と呼んでいますが、ザッピングはテレビのチャンネルを切り替えて次々と複数の番組をアトランダムに観る行為です。

しかし、並行している本がなぜかつながったり、そこから新しい発想が生まれたりします。最終的には時間がかかりますが、ほとんどの本は読了させます。

現在、読書を進行中の本を、ちょっと紹介してみますね。

1冊目は、ツイッターでフォローさせていただいて、たまにお話もする冬月剣太郎さんの『陰仕え 石川紋四郎』。時代小説はあまり読まないので、難しい時代背景が出てきたら困るなあ、と思ったのですが、これがサイコーに面白い!

薄毛の浪人、石川紋四郎が主人公で、その妻さくらが勇敢に彼をサポートします。映像が目に浮かぶようで、ぜひドラマ化していただきたい。さくらは新垣結衣さんで(ファンなので。笑)。ちなみに、このさくらは奥さまをモデルにされたようです。そんな著者のハートウォームな雰囲気が感じられて、ほっこりします。

 

陰仕え 石川紋四郎 (ハヤカワ時代ミステリ文庫)

陰仕え 石川紋四郎 (ハヤカワ時代ミステリ文庫)

 

 

2冊目はデザイン関連の本で、ウジトモコさんの『デザイン力の基本』。この著者さんもツイッターでフォローさせていただきましたが、広告代理店で仕事をされていただけあって、感性ともに素晴らしい論理力をお持ちという印象を受けました。さらに「これを知りたかった!」という本質をさらりと突いています。ずっとAmazonの買い物かごに入れていて、買えなかった本なので手に入れてうれしい。

ぼくはデザイナーではないのですが、仕事でちょこっとだけデザインもします。そのとき「なんだかもやもやするのだけれど、何がいけないのか分からない」と感じていたことの明確な回答が得られました。

 

簡単だけど、すごく良くなる77のルール デザイン力の基本

簡単だけど、すごく良くなる77のルール デザイン力の基本

 

 

ツイートしたら、お返事をもらえてうれしかったです。

 

これがツイッターの醍醐味だとおもっています。

ふつー大手出版社から本を出されている有名な著者さん、あるいはCDを出しているアーティストの方に感想やファンレターを送っても返信はないですよね。ところがツイッターの場合、つぶやいた言葉をサーチで発見していただいて、ご本人からの言葉をいただけることがある。

余談ですが、JAZZポップスのシンガー、Ryu Mihoさんの音楽を聴きはじめたのはフェイスブックで大学時代の友人のおすすめがあったからですが、ツイッターでフォローさせていただき、ファンになりました。ラジオのリスナーにもなり、実際にライブに行ったとき「ああ、あの!いつもしっかりした文章書かれていますよね。とても元気付けられています」とご本人と会話できたときには、ツイッターやっていてよかったなあ、と思いました。

3冊目は、安岡正篤さんの本で興味を持った易経四書五経に詳しい方から教えていただいて、明治書院さんから出されている新釈漢文大系がよい、とのことで図書館から3冊構成の上巻だけ借りてきたのですが、これがなんと5センチもの厚さがある「まさに本としかいえない」立派なものでした。

さすがに2週間で数ページしか読むことができずに返却してしまいましたが、同じ明治書院さんから新書判が出版されていることを知り購入しました。

 

新書漢文大系 40 易経

新書漢文大系 40 易経

 

 

 明治書院さんの社長さま、じきじきから新書がでていることを教えていただきました。

 

 

単純に「押しに弱い」タイプなのかもしれませんが(苦笑)、これは!?とおすすめされて好奇心が動いたものには、とりあえず目を通すことにしています。感性の針が振れたら、購入したいリストに入れる。ただし、上から目線でマウンティングして「こんな名作を読んでないの?ダメじゃね?」と言うひとであるとか、何度も強制的かつ執拗に「読め!」と言われても、自分の好奇心が動かなければ読みません。自分の価値を相手に押し付けるのは、かっちょわるいと思う。

4冊目は、湯浅邦弘さんの『呻吟語』。こちらは角川のビギナーズ・クラシックのなかの中国の古典です。30年もの時間をかけて完成させた人生訓ということで、唸らされるものがあります。

 

呻吟語 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)

呻吟語 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)

 

 

最後の5冊目は、重度身体障害者さんのために「OriHime(オリヒメ)」という自分の分身のロボットを開発されていて、遠隔操作で身体の動かない方でも働けるカフェを実験的に運用されている吉藤オリィさんの『サイボーグ時代』。

 

サイボーグ時代 ~リアルとネットが融合する世界でやりたいことを実現する人生の戦略~

サイボーグ時代 ~リアルとネットが融合する世界でやりたいことを実現する人生の戦略~

 

 

この本というか

吉藤オリィさんはスゴイ。マジで!

れいわ新選組によって、ALSなど重度身体障害者であっても議員として働く多様化した時代になりましたが、人工知能(AI)はもちろん、自己を代替するロボットは、超高齢社会のシニアにとっても重要なテクノロジーであると感じました。

この本に書かれている言葉ひとつひとつが説得力があります。なぜだろう?と考えて気づいたのは「引用が極度に少ない」こと。つまり、ひきこもりや研究のなかで自分で考え抜いた言葉や哲学や思想が貫かれているからではないか、と。

 

ぼくは本を入手した段階で、「備忘録」としてツイッターに次のようにつぶやくことにしています。

 

 

すると、たくさんの方からふぁぼをいただきました。ぼくはふぁぼをいただいた方には、できる限り「倍返し」のふぁぼをするようにしているのですが、特にその方ご自身のつぶやきをタイムラインから発見してふぁぼするようにしています。

そこで気づいたのですが、吉藤オリィさんのツイートに反応している方は「ほんとうにやさしい方が多いな」ということです。どなたのツイートを読んでも、あったかい。批判よりも弱者に対する慈愛や、前向きな言葉であふれています。

ツイッターは、システム自体の最適化というかレコメンデーションエンジン(おすすめ機能)によって「タイムラインが偏向する」ことは、ぼく自身も実感しています。しかしですね、素敵なひとたちが集まってくるのならいいじゃないか!と。

こんな風に、読者同士ではなく創作者の方ともダイレクトにコミュニケーションがとれるSNSは使わない手はないでしょう。

ぼくはコミュニケーションは必ずしもグローバル志向になる必要はないと考えていて、狭い村社会のなかでローカルな話題になごむ、アットホーム感覚も大事だと思います。とはいえ、情報発信をしなければ何もないが、情報発信をすることで誰かが反応してくれる可能性がある。

その可能性に期待しすぎると、期待と現実の落差から逆に「不幸感を増幅」させるものですが、バーチャルだったとしても見ず知らずの誰かとハグできる可能性も拡がっています。

可能性もしくはチャンスがあるのなら、積極的につかんでいきたいと考えます。何度も書いていますが、つかもうと考えていて行動がともなわずに、つかめずに後悔するぐらいなら、失敗してもいいから必死でつかむ人でありたいですね。