Lifestyle Innovation | Soseki21

つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

いまブロガーが勘違いしている3つのこと。(11/13追記)

オレに掘れたな:Soseki21ブログ

 

何を隠そう、ぼくは正真正銘のアラフィフなおっさんであります(いや、何も隠してないし。実名で書いているし)。そんなおっさんの視線でいまブログを眺めると「なんか違うんじゃないか?」ということがたくさんあります。

しかしだな、「これだから若いもんは!」とは言いたくないですね。

エジプトの洞窟だったかどこかに、若いもんを憂いた壁画があった、ということを何かで読みました。年をくっちゃった老人が若いもんを嘆くのは、いにしえの時代から引き継がれてきた人類の定番トークなのかもしれません。

でもいい年こいたおっさんが勘違いしていることもあります。

少し落ち着いて考えてみます。

生まれてすぐ自動車があった時代のにんげんに、自動車のなかった時代のことは想像できないでしょう。同様に、生まれてすぐインターネットやブログがあった時代のにんげんに、それ以前のことは想像できません。

幸いなことに、おっさんは長く生きちゃったおかげで、PC(パソコン)がCUI(キャラクター・ユーザー・インターフェース)といって、ぺかぺか点滅する「>」の隣に「dir」と打ち込まなければハードディスクの中身が見れなかった時代から、現在のデスクトップにアイコンが並ぶ時代、視線入力さえできる時代まで生きてきました。

Google「すごい検索エンジンができたらしい。でもサイトには検索窓しかないんだそうだ。まだ見てないけど」と、一部の新しもの好きだけが、ささやいていた時代から、「Googleっていったい何屋さんなんだ?」というほど事業領域を拡げた現在に至ります。

そこで、思うんですが

 いまのブロガーって勘違いしてないか?

 

ってことです。

その背後にあると思うのは

 デジタルマーケティングの悪しき影響

だと思うんですよね。

おそらくデジタルネイティブな方、1980年代以降に生まれた方は知らないひとも多いのではないか、ということを知っているので、その勘違いが分かる。そこで私見ですが現在のブロガーが勘違いしている(と思われる)3つのことについて書いてみます。

 

1.ブログは毎日更新しなければならない → これ勘違い

毎日書かなきゃならないのは日記でしょう(苦笑)

でも日記だって「ねばならない」とは言いませんね。毎日書こう!という熱意は大切だと思いますが、それが義務になってしまったら書くのが嫌になるのは当たり前じゃないですか。

いやーこれはですね、企業がホームページやオウンドメディアとしてブログを運用するようになって、SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)という考え方が重視されたことによって生まれた考え方です。

SEOは何かというと、たとえばGoogleで特定のキーワードで検索したときにトップに表示されるように記事(やメタタグなど)をチューニングすることです。

そして、検索エンジンはロボットというものがサイトをクロール(うろうろ見回る)してあらゆるサイトをチェックするのですが、かつては「頻繁に更新されるサイトがよいサイト」と認識されたんです。Googleさまに。

そこでデジタルマーケティングの企業が目をつけたのは「あなたのサイト更新してないですよ。もっと更新しなきゃだめですよ」と追い打ちをかけることです。

というのは更新頻度を上げるためには記事を量産しなければならない。量産するためにはライターなりデザイナーなりで記事を制作する。それだけでデジタルマーケティングの会社はがっぽがっぽ儲かるんですね。もうウハウハです。

ところが、それは企業においていえることで、アフィリエイトをやってない個人はぜんぜん関係ありません。

また、最近では頻繁に更新するサイトよりも、コンテンツ(記事の内容)のクオリティが高いほうが検索されやすいのではないか?とも言われます。

低レベルの記事を量産するのは消耗でしかない。お!これは役に立つというコンテンツをじっくりと、ことこと煮込んで作ったほうが、訪れたひとも美味しいでしょ。

 

2.ブログは儲けるための手段 → これ勘違い

これもまたデジタルマーケティングの悪しき影響だと思っているのですが、ブログってそもそも「記録(ログ)」であって、儲ける手段などではありませんでした。

Wikipediaに代表されますが集合知ということが、かつて注目されました。これはインターネット上で無償で提供する情報が集まることによって、知識が蓄積され、みんながお互いに知恵を補完して賢くなっていくことです。とかなんとか言いながら、Wikipediaは最近では、しきりに募金を要求しますけれども(苦笑)。

Googleをはじめとする検索エンジンは無料で提供され、とても便利なのでみんなが利用しはじめたのですが、どーやって儲けるのかビジネスモデルを考えていなかった。そこで生まれたのがインターネット広告です。

リンクをクリックしたり、購入につながると、Googleなどにちゃりんとお金が入る。フェイスブックもそれにならいましたが、広告で儲けようとしたわけです。

なにかに似ていると思いません?

そう!アフィリエイトブログです。

つまり、広告収益型のビジネスモデルだったインターネット広告を真似て、個人が儲ける仕組みを作り始めた。

また、当時のブログでは(たとえ炎上が手段であっても)数万アクセスを獲得して、一躍、注目のひとになったひとたちがいました。そういうひとは書籍を出版したり、テレビや雑誌に出るようになった。

まあ、誰とはいいませんが、東京とサラリーマンを嫌って地方に移住してトマト作って年収150万円で生きていくといいながら仮想通貨とか投資など金の亡者になっちゃった方とか、脱ブロガーして小説家をめざしながらAV男優さんと結婚されちゃった方などです。いや、これは誹謗中傷しているわけではありません。というのは、かつては飛ぶ鳥を落とす勢いのカリスマでしたから。おそらく心酔して「ぼくも/わたしも、あなたのように生きたい!」と弟子入りしたひとも多かったのでは?

自分をネタにして生きるのはなかなかできるもんじゃないです。すごいと思います。素晴らしき哉人生。

ぼくはやらんけどな。

 

3.ブログで有名になれる → これ勘違い

マーケティングやビジネス用語でコモディティ化という言葉がありますが、これは何かというと競合となる製品がたくさん出て、最初は高付加価値で高く売れていたのに、どんどん価値が下がって「日用品」になってしまい、もはや価格勝負になってしまうことです。つまり、ありふれたものになってしまうことですね。

ティッシュペーパーや飲料などは「安売り」でしか差別化できなくなって苦戦しています。でも、ティッシュペーパーは高額商品にも価値がありそうです。花粉症に悩むひとなどには、やわらかい高級ティッシュの需要はありそう。

ツイッターにしても、インスタグラムにしても、最初は注目されるひとがいました。しかし、オレもわたしも、とみんながやりはじめることでコモディティ化しちゃう。

ブログも同様です。もはや何をやってもやりつくした感があり、炎上させて集客する炎上マーケティングも効果がなくなってしまった。国会で日本の首相が汚いヤジをとばすような世の中ですから、ヒール(悪役)を気取っても誰も見向きません。

また、インターネッツみたいな狭い世界で有名になったところで、だから何?だと思うんですよね。たとえ無名だったとしても、日々を丁寧に生きているひとのほうがよっぽどいい。

というか、有名になるためにブログやっているって、あさましいでしょう。

ヒルズに住むとか、高級外車を乗り回すようなものだと思う。

動機が逆だろ、と思いますね。

何か夢中になったり、でっかい夢を実現しようとしていたら、あらら、いつの間にかお金持ちになっちゃった、というのがいい。これもまた「バブル期のおっさんの名残り」だと思います。しかし、時代が変わってもそういう人間はいるんじゃないかな。そして、そういう欲に溺れる愚かなにんげんもいとおしい気がします。

 

まとめ:たかがブログ、されどブログ

ここまでで、ぼくが言いたいのは

 企業によるブログの運営方法

 つまり「デジタルマーケティング手法」が

 個人に浸透したことによる悪影響で

 勘違いしたブロガーが多い

ということです。

 

企業と個人は違います。

何が違うかといえば、企業は営利の追求が目的である、ということです。個人が何を追求しても構いませんが、金だけ追い求めるのはちょこっと寂しい気がしますね。もちろん、お金はほしい。でも、ぼくは楽しかったり、しあわせなほうがいい。

 

これはぼくの考えですが、

 アフィリエイトブログはブログではない

 

と考えます。じゃあ何?ってことですが

 情報商材の販促ツールか

 ネット物乞いのどっちか

 

ではないだろうか、と。

だってそうじゃないですか。誰かにアクセスしてもらって、それだけでお金をもらうのは物乞いでしょう。何の役にも立たない感想や、芸能人でもないのに日常生活を晒しても、ただの一般人ですよね。ちなみに「物乞い」には、もっと直接的な言葉があったのですが、差別用語になりかねないので控えさせていただきました。

てきとーなことを書いてアクセスしてもらってお金を取ろうなんていうのは、いやしい。物乞いでしかないと思います。

ただ、noteなどで有料のコンテンツなどの一部には、きちんと調べて書かれたものであったり、これは役に立つ!と唸るような情報があります。そういう場合も、もはやブログではないと考えます。では、そういう有益なものは何か。ぼくはこう考えます。

 もはやブログではなくメディア

つまり情報の密度が濃かったり、それが個人的な体験であったとしても、感動を生むような表現や読ませるストーリーがあるものは

 与えてもらえるものがとても大きい

メディアまで発展しているブログは意義があると思います。 たとえばある環境保全活動についての報告であったり、海外からの視点で日本の文化を見直すようなものは十分にメディアの意義がある。とはいえ、とても希少です。

そこで、じゃあブロガーはどうするか。

 毎日更新しようとか

 稼ごうとか、有名になろうとか

 ぼんのー(煩悩)を捨てて

 書きたいことを書けばいいじゃないですか

 

愚痴があってもいいと思います。ブログなので。

個人的にうれしかったこと、悲しかったことを書いてもいい。ブログなので。

大好きな趣味を超長文で書くのもありですね。ブログなので。

書けない日には1行だけでも結構。書かなくてもおっけー。ブログなので。

1人だけでも読んでもらえりゃ十分でしょ。ブログなので。

書いていれば、それが外部記憶装置になります。ブログなので。

おんなじことを繰り返して書けば味が出てくるもんです。ブログなので。

ハガキじゃないんだから「形式」なんてなくていい。ブログなので。

 

たかがブログです。企業じゃなくて個人の書いているものなんです。出版物や放送番組みたいなマスメディアではない。されどブログです。書いている時間は楽しいですよね。そして、書かずにはいられない気持ちがある。この豊かさは、お金に換えられるものではない。だからやめられない。

 

 いやーブログって、

 ほんっとにいいですよね。

 

そう思います。けれども実はそれこそが、おっさんブロガーの最大の勘違いかもしれませぬ。でもいいのだ。楽しいから♪

 

11/13追記

先日書いた上記の内容に追記です。

ぼくが残念だったのは、日々更新しなければならない、稼げない、有名人のように気のきいた文章が書けないといって挫折して、書くことをやめてしまう方々がとても多いのではないか、ということです。

ぼくは他者にとらわれず「だから何?」をSNSに書いていいと考えています。むしろ「だから何?」のような意味がないけど些末な日常のつぶやきがいい。「私は政治について語れないから」「音楽やってるけど下手だから」「気のきいたこと言えないから」やめてしまうことがとても残念。

そもそもツイッターに爆発的人気がでてきたときには「なんとかなう」というツイートが流行りました(これを知っているひとは、もはやSNS歴が長いベテラン?)。「お風呂なう」なんてものもありました。だから何?なんですけど、かわいいツイートしている女性なら、おお!入浴中か、うーむ、と妄想を掻き立てられたものです。

ふぁぼ(フェイスブックでいうところの「いいね!」、はてなで言うこところのスター)が50個もついている方の投稿をみると「自分には1個もついていない。しょぼーん。ムダだからやめようかな」という気持ちになるのは当然かもしれません。たまに、ぼくもそういう気持ちになる。

しかし、たとえふぁぼがなくても、見ているひとは見ている。そして、誰も注目していない言葉にぐっときてしまうことがあります。

むしろ、ぼくは変わっているので、ふぁぼがついていないひとの言葉をきっちりと読んでしまう(苦笑)。そこに名言はないけれど、手垢のついた言葉ではなく、そのひとなりの日常や考えが浮かび上がってきます。そういうのが好きですね。まあ、インディーズ志向だからな。ヒットソングより売れない名盤。

ある程度有名になるとクラスターができて、宅録DTMでも「は?あんた誰」みたいな、仲間内以外を排除する雰囲気を醸し出しているひとたちは嫌ですねそういうクラスターは静かにウオッチして有用な情報はいただきますが基本的にオリジナル曲は聞かないし関わろうとは思いません。偏屈なんで。

勘違いしちゃっているアフィリエイトブロガーからフォローいただいたらフォローしますが、基本的に関心ないです。どうもアフィリエイターどうしでつながることでアクセスを伸ばしているようで、ぼくがサイトを見に行かなかったり発言を評価しないと数日でフォローから外れていく。キャッシュ(現金)な関係だなと思います。

しかし、お弁当はみちゃいますねー(笑)美味しそうなので。あと、面白い動画、かわいい動物はダメだなあ。見てしまう。一方で、見ないのはビジネス箴言(ためになるお言葉)が書いてあって、その下にリンクがあるようなツイートです。そりゃ「広告」というか「販促ツール」じゃないですか。チラシはいらない。

ぼく自身といえば、ツイッターでムダに長文を垂れ流していますが、これはツイッターミニブログ」だと考えているからです。いろんな使い方をしてよいと思います。お気に入りのツイートのキュレーションだっていいし、体重か何か分かりませんがただ計測値だけの方もいらっしゃいました。じっくり読んでしもうた(笑)

ツイッターの効能としては、内なる自分を外在化することで客観的になれることと、あとは「外部記憶装置」だと思います。とりあえず観た映画や読んだ本や聴いた音楽をつぶやいておくと、あの映画なんだっけなー、思い出せん!というときに、とりあえずツイッターを検索すると出てくるので便利です。

ま、あんまり他人のことは気にせずに、自分が書きたいように、書きたいことを書くのがいちばんではないでしょうか。SNS仕事じゃないんだから。