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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

映画『ATOM』ー多様化した社会で居場所を探す。

ATOM(字幕版)

 

鉄腕アトムといえば「そーらーをこえーてー」という主題歌が耳に残っている、おっさんです。幼い頃にモノクロのテレビで観た記憶があります。

ネタバレになってしまうのかもしれませんが、最終回はロケットだかロボットだか人類を滅ぼす兵器を誘導して、太陽に向かって飛んでいってしまうシーンを覚えています。記憶なので定かではないし、もしかするとイカロスの神話とごっちゃになっているかもしれない。

気になって、記憶は合ってるのかな?と思って調べてみると、違っていました(苦笑)太陽の活動が異常になり、地球の危機を救う物質を乗せたロケットにのって、鉄腕アトムは太陽に突っ込んでいく。これが最終回のラストシーンです。

いやー、いきなり物語のネタバレからはじまるのもいかがなものかと思うのですが、最終回のネタをばらしたぐらいでは価値が下がらない素晴らしい作品なので、勘弁してくだされ。

この『鉄腕アトム』が『ATOM 』として海外でキッズアニメ化されていることを知って、プライムビデオで字幕版を鑑賞しました。

エンドロールが流れたとき感動して不覚にも涙を流していました。

ラストはまったく違うので、ここからはネタバレを書きません。

ATOM(字幕版) 』は、先端3Dによってアメリカと香港で制作されたアニメですが、いま政治家がこの映画を観るべきではなかろうか? 物語の舞台となる未来の地球では、空中都市と地上、人間とロボットの格差社会ができています。

科学者である天馬博士のひとり息子は、支持率が下降しつつある悪い政治家が「選挙のために(ここ重要。トランプ大統領を想起させます)」軍事ロボットを作ろうとして実験している最中、トラブルに巻き込まれて命を落としてしまう。

どうしても息子の死を諦められない天才科学者は不眠不休で、息子の帽子に残っていた遺伝子からテクノロジーと天才的能力を駆使して、息子とそっくりのロボットを作るわけです。それがアトム。ところが、ややマッドサイエンティストで気まぐれかつ完璧主義の父親である天馬博士は「お前は息子じゃない。壊してしまおう」と言い放ち、アトムは地上に落ちてしまう。堕天使的なメタファかもしれない。

地上の世界は、役に立たないロボットと、貧困な人間によるスラム街化していて、そこで捨てられた子どもたちと仲良くなります。

その子どもたちを保護しているのは、かつては天空の研究所で働いていたというおっさんなのですが、このおっさんは、廃棄ロボットをリサイクルして戦わせる「ロボットバトル」のイベントで稼いでいるんですね。

そのバトルで「戦いたくない」とアトムは意思表示をするのですが、仕方なくけしかけられて戦う。しかし、主催者のおっさんがロボットに踏み潰されそうになったときに、おっさんを助ける。

ほんものの強さとは、やさしさのなかにあるのだな。

この映画では「居場所探し」もテーマであると感じました。

「居場所がない」ということが、現在の社会ではよく言われます。居場所がない理由としては、他者とコミュニケーションがうまくできない、他人に誇れるものがひとつもない、という自分自身の劣等感や自尊心の欠如の問題があるかもしれません。

一方で、あまりにも常識的ではないため(学校や会社のコミュニティからはみ出してしまう天才的存在であるため)居場所がないひともいます。OriHime(障がい者の分身となるロボット)を開発されている吉藤オリィさんもそのひとりといえるでしょう。

ただ、ぼくが考えたのは「複数のコミュニティに所属するあまりに居場所がなくなっているひと」もいるのではないか、と。

コウモリ的といってしまうと非常に失礼ですが、動物でもあり鳥でもあるような「居場所のなさ」です。

アトムは人間の遺伝子から作られているので人間としての記憶や感情を持っていながら、身体はロボットです。だからとても悩む。その矛盾から、仲良くなった人間の仲間たちに言い出せずに悩んでいました。

同じように日本語を学んで日本に住んでいる外国人や、日本人でありながら外国に住んでいるようなひとも、もしかすると「居場所のなさ」を感じる可能性があるのでは。韓国が好きなのに反日感情の激化した韓国で、日本人であることを隠さなければならない場合も居場所のなさを感じるかもしれません。逆もまた然り。

多様性が重視される社会になりつつあります。

しかし、多様ゆえに居場所がなくなる可能性もあります。また二項対立の思想によって、ロボットと人間、富裕層と貧困層のような格差を生むようにもなります。

ところで、少し脇道にそれますが、フィンランドから34歳の女性首相が登場しました。「現職として、世界最年少の首相」だそうです。

この首相の記事を「現代ビジネス」で読みました。

 

gendai.ismedia.jp

 

フィンランドの女性首相のサンナ・マリン氏は、幼い頃に両親が離婚し、母ともうひとりの女性の家族で育ったとのこと。

LGBTによる家族をレインボーファミリーと呼ぶそうですが、フィンランドでは家族のひとつの形態として社会的に認めているそうです。

しかし、LGBTを家族の形態として社会的に認めている先進的な国とはいえ、相当強い方だと思います。「家族の物語」はなかったとしても「自分の物語」を生きていると感じました。

いまだにレガシーな家族の形態が常識と考えられる社会において、サンナ・マリン氏は居場所がなかったのではないのかな。けれどもLGBTの家族と、政治的なコミュニティに居場所を感じたのかもしれません。その居場所が支えてくれたからこそ、現在の躍進があるのではないかとも考えます。

地球温暖化問題に対して提言するグレタ・トゥーンベリ氏のように「子どもと大人」という二項対立的な考え方もなくなりつつある気がしています。とはいえ、日本の「子供部屋おじさん」みたいな存在には、なんだかなーと脱力するのですが(苦笑)。

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個人的には、男性や女性などジェンダー固執すること、富裕層と貧困層、人間とロボット、仮想と現実、デジタルとアナログ、会社員とフリーランスなど、あらゆる二元論に固執すること自体が「差別」であると考えています。二元論を突き抜けて、そういう「認識」自体がなくなることに意義がある、と。

現在「居場所がないひとたち」や「子どもの虐待」がニュースによく取り上げられますよね。個人的には、一方的に社会や強者を批判できないと考えています。

居場所がないひとには居場所のない苦しみが、虐待をする親にも(虐待をされる子どもではなく)暴力をふるわざるを得ない苦しみやこころの病がある。

ATOM』の映画においては、遺伝子の記憶がありながらロボットのATOMは父親に嫌われて傷つき、居場所を失いました。天馬博士は何も暴力をふるっていません。けれども、ロボットを代替可能な人間の奴隷とみなし、お前は息子じゃない、という言葉は暴力よりも酷くアトムを傷つけた。

そうして父親に見放されて居場所を失ったアトムですが。富裕層の空中都市から貧困とはいえ地上のスラム街のようなハートウォーミングな世界で、人間とロボットの仲間に出会うことができました。

二項対立の考え方を突き抜けたところに「居場所はある」はずです。

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ついでに、脱線その2。

 防衛省が、戦闘機のスクラップを愛好家に売ろうと検討しているようです。

 

www.tokyo-np.co.jp

 

これはまさに『ATOM』の映画で、地上のスラム街で廃棄ロボットの部品を買い漁ってロボットバトルをするようなものだな、と感じました。

そもそも戦闘機なんて買わなきゃいいのに。

ハイエナ愛好家の需要で資金を集めて、さらに戦闘機を買い足すもくろみに疑問を感じます。軍事リサイクル事業ですか。私見に過ぎないけれど、日本が軍事防衛力を強化したとしても、まったく国を守る戦力にも、他国への脅威にもならないと思いますね。

というのは、日本は軍事力にかける姿勢が他国とは桁外れに劣っている、と考えるからです。また、愛好家需要によって戦闘機のイメージアップさせ、解体業から軍需産業を促進する狙いがあるのかもしれませんが、どうせ機密情報や業者との癒着が漏えいして「記録に残っていません」のような事態になるはず。

イランとアメリカの緊張が高まっている現在、こういう報道を流すこと自体いかがなものか、と感じます。

「これから戦闘機リサイクルで防衛費を確保して、日本も頑張ろうじゃないですか!」のように解釈されても仕方ないじゃないですか。冗談じゃない。愛好家はまともな意識で「そんなもんはイラン」と拒否すべき。

平和のために「日本の防衛省は戦闘機をはじめ軍事兵器を解体し、愛好家に販売した収益で国民の生活支援と平和を維持する活動に還元します」であれば絶賛します。戦闘機を解体して民間に売って防衛費にあてるというのは、なんだそりゃ?でしょ。

ただ「支持」する日本人がいるのだろうなと思います。情けないことに。

日本が軍事兵器を買い漁っても、使いこなせずにヘリを練習中に墜落させてしまうことが関の山で、だからこそ軍事力より「外交力」が重要だと個人的には考えます。ところが、首相自体が緊急事態にゴルフと映画三昧で発言を避けたり、もはや日本は世界的に存在感がないのが実情。

必要なのは軍事力に匹敵する、戦争を抑止する外交力のあるリーダーです。

もし古くなった戦闘機を防衛省が売りに出したら、反戦団体で協力して買い取って、尻もちをついてうなだれたF4戦闘機(部品は本物)のオブジェをつくって「戦争のために、もう飛びたくないんだ(仮)」みたいなタイトルをつけて、広島、呉や長崎で反戦モニュメントとして飾るとよいのではないのかな、と思いました。

 ■

ATOM』の映画に戻りましょう。

日本の富士山風の山や手塚治虫氏の帽子を被ったキャラも登場しますが、登場人物自体はグローバルに描かれています。しかしながら、アトムがものすごく愛らしく描かれていて、手塚治虫氏に関するリスペクトを感じました。ロボットや開発装置のテクノロジーの描き方は現代風ですが、作品の軸がぶれていません。デビッド・バワーズ監督に感謝したいと感じます。

『失敗図鑑』という、いわゆる偉人のダメなエピソードを集めた本によると、手塚治虫氏は天才漫画家にも関わらず嫉妬深く、すばらしい作品をみると悪口を言ってしまう性格もあったらしい。自分の作品の中で他の漫画の悪口を書いてしまったエピソードもあるとのこと。亡くなられた後なので、この外国版『ATOM』は観ていないとはいえ、けなしたかもしれない(笑)

 

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

失敗図鑑 すごい人ほどダメだった!

  • 作者:大野 正人
  • 出版社/メーカー: 文響社
  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

鉄腕アトムの最初のアニメを幼い頃に白黒テレビで観た記憶があるおっさんには、21世紀になって『ATOM』のような洗練された3Dアニメに度肝を抜かれました。この作品は21世紀の子どもたちはもちろん、大人たちにも観てほしい気がします。

アニメって凄いな、と思いました。もちろんディズニーからはじまったのかもしれないけれど(ルーツをよく知らんけど)日本で成熟した独自の文化に育ち、さらに海外で注目されてATOMのようなパワーアップした作品が生まれる。

アニメに限らず、音楽にしても「どこの国の文化か?」という狭い了見は捨てたほうがよいかもしれません。その文化をリスペクトして自国なりにアレンジしたときに、新しい文化が創造できるかも。

(2019年12月21日鑑賞)

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ATOMの予告編。


Astro Boy (2009)- Official Trailer