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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

人工知能(AI)と集合知(CI)。

人工知能と集合知:Soseki21ブログ

 

いちめんの雲、雲、雲。昨日はすかっと青空が拡がっていたのですが、今朝のトウキョーは一転して曇り空でした。英語では曇りは「Cloudy」。さらに厚い雲に覆われて空が見えないどんよりとした状態は「Overcast」や「Groomy」を使うようです。

It is overcast.

そんな日に、冷たい指をこすりながらブログを書いています。

ところで、IT業界で長く過ごしたので、個人的には「クラウド」という言葉を聞くと、空に浮かぶ雲より、インターネットを使ったサービスを想像します。

インターネット上に画像や動画を保存して誰かと共有したり、スケジュール管理やコミュニケーションのできるサービスをクラウドと呼びます。「はてな」もクラウドのサービスのひとつです。

インターネットがまだ高速ではなかった時代には、メールはパソコンにアプリケーションをインストールして使っていました。いまでは、ほとんどの方がクラウド上でGmailを使っているのではないでしょうか。

Gmailはインターネット上でメールのやりとりをする、Webメールのサービスです。どこが優れているかといえば、パソコンに送受信したデータを保存しないので「パソコンの容量がなくなっちゃった!」ということがありません。パソコンが故障してデータが消滅するようなことがあったとしても、Gmailを使っていれば、インターネット上の保存場所(ストレージ)に残っています。

さらにインターネットのつながる場所であれば、パソコンだけではなくスマートフォンタブレットで、いつでもどこからでもメールを確認できます。

難しい専門用語でいうと、このようなサービスをSaaSSoftware as a Service)と呼ぶのですが、ブログもそのひとつ。

さらにいえば、ツイッターフェイスブックなどのSNSSkypeなどのコミュニケーションツール、YouTube、Gooleドキュメントもクラウドを利用したSaaSです。

PaaS、IaaS、DaaSなど、「なんとかアズ・ア・サービス」という言葉はIT業界で増殖して、もはやXaaSという、なんでもアリな状態になりました。ややこしくなるので省略します。

クラウドが一般的に普及した恩恵には、在宅勤務(テレワーク)が快適になったことがあります。コミュニケーションはチャットやビデオ会議で可能になり、原稿はデータ納品でおしまい。事務手続きもインターネット上で完了。パソコンの画面に向かっているだけで、あらゆる仕事ができます。もちろん、在宅で可能な仕事は限られますが。

便利になりましたが、フリーランスで仕事をするためには、税金や法律に関する知識は重要です。2020年4月に改正民法が施行されることになり、一般の会社員の方も知っておく必要があるかもしれません。

そんなときに次のnoteの記事は分かりやすくて参考になりました。

note.com

noteのサービスは、なんとなくはてなに似ているところはあるとはいえ、どちらかというと文章主体です。ブロガーよりライター向きのサービスではないでしょうか。そして、記事を書いているかたには次の2種類があります。

  • 無料公開:全文を無料で公開している一般的なブログやコラムのタイプ
  • 無料+課金:途中まで無料で、その後は課金や会員登録しないと読めないタイプ

一部だけ公開して後半は会員登録後に読めるようにしたり、読者に購読を促したりする仕組みは、そもそもメディアに使われていました。朝日新聞日本経済新聞のWeb版もその仕組みを利用しています。IT系のメディアにも多いスタイルです。

このように無償から課金に導く仕組みは、「フリーミアムFreemium)」と呼ばれています

スマホのアプリにも多いですね。

ゲームとして無料でも遊べるけれど、貴重なアイテムは課金しなければゲットできない。基本機能は使えるけれど保存ができなかったり、すべての機能を使うためにはサブスクリプション(月額もしくは年額)で契約しなければ使えない、あのサービスのことです。

フリーミアムの語源としては「Free(無償)」+「Premium(割増価格)」で、この言葉を最初に思いついたのはベンチャー投資家のフレッド・ウィルソン氏とのこと。しかし、ぼくが個人的に知ったのは、雑誌『WIRED』の編集長だったクリス・アンダーソン氏が買いた『フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略』という本で読んだときでした。

フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略

フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略

 

文章の収益化(マネタイズ)はとても難しいのですが、本職の作家やライター以外で収益をあげるとすれば、アフィリエイトのほかには、メルマガを含めてフリーミアムのモデルがあります。

noteで有料記事を書いているかたは、読んでもらってお金を稼ぐことが目的なので、多くの記事は「出し惜しみ」というか「ここから先はお金払ってね」というフリーミアムを採用しています。

しかしだな、自分の率直な感想に過ぎないのだけれど、ぶっちゃけた話、noteにしてもメディアにしても、リード文と本文を少しだけ読ませて「ここから先は読者登録を」「もっと読みたいならお金出せ」といったコンテンツに出会うと「じゃあ、読まなくていいや」と感じますね。むしろ「せっこいなあ。全部読ませてくれてもいいじゃん。なんだよ守銭奴めが!」と。

もちろん「知識に対価」があるのは十分に分かります。

というのは企画の仕事で痛感したことがあり、「アイディア出してくれないかな」というクライアントのうち、アイディアを出すと「ありがとう!じゃあ」でおしまいというひとが実に多いんだよな。

「そのアイディアを出すためには、たくさんリサーチをして文献を調べて、うんうんいいながら熟考して、ちょー時間がかかっているんですけど! しかも超特急便で土日なかったし」と思うのですが、「アイディアはタダ」と考えているひとが多い。

ついでにいえば、見積りもタダで「仕事のチャンス与えてやってるんだから、出して当然だろ」みたいなひとも少なくありません。特に代理店系のかた。

 「アイディア泥棒」ですね。

ミヒャエル・エンデの物語みたいですが「時間泥棒」。そんな「与える」ことをせずに「奪う」だけの人間が世の中にはいます。それが世の中なんだが。

ぼくは趣味で音楽制作をやっていますが、この趣味を少しでも収益化の方向にシフトさせたいと考えています。と、夢のような(ある意味、中学生みたいな稚拙な)ことを真面目に考えているのだけれど、現実はそんなに甘くない。

そんなときに、元Spotifyの松島功氏のnoteを読んで感銘を受けました。

この記事はすごい!

思わず姿勢を正して読みました。そして、「ひとりでも聴いてくれればいい」「音楽さえよければ誰かが聴いてくれる」は甘ちゃんだったと猛省しました。楽曲の公開前と公開後の全体を俯瞰して、具体的にやらなければならないことを多様なサービスで整理されています。これは保存版の記事に認定です。

note.com

民法に関しても音楽のプロモーション方法にしても、このように「知識のオープンソース化(無償提供)をしていただけるかた」はありがたい。寛容だなあと思いました。

密度の高い詳細なコンテンツを無償で提供されていると「えっ!こんなものを無償にしちゃっていいわけ?!ありがたやー」という感情が生まれます。また「いやーこれだけのことを書いちゃうかたならまだ他にもあるでしょ。お話してみたいな」と興味がわく。ぼくだけかもしれないけれど。

「知ってることを全部見せちゃいます!」姿勢は、インターネッツの社会に貢献していると考えます。

Windowsやアプリで困ったときに検索すると、必ずどこかに詳細な解説をされているかたがいらっしゃって助かります。感謝します。困っているときに役立つ知識には、ほんものの価値がある。そのご恩をどこかで返していきたいと考えるようになる。いわば「恩送り」ですね。無償の善意の連鎖がいい。

心理的に(つきあう段階もあるかもしれないけれど)自分をオープンにすればするだけ「あ、このひとは信頼できる!」と思うのではないかな。

ところが、ちょこっとだけさわりを見せて釣って、あとはお金払ってね、というフリーミアムのスタイルはもはや古く、狡猾なビジネスモデルであると感じました。

かつてブログの黎明期に「集合知Collective Intelligence)」という言葉がありました。OSSオープンソースソフトウェア)の思想も近いと考えます。それがインターネッツの利点ではないのだろうか。

そこで考えたのですが。

人工知能(AI:Artificial Intelligence)」と「集合知(CI:Collective Intelligence)」がタッグを組むことで、ぼくらのインターネッツは賢くなっていく気がしています。特許や著作権の保護も必要かもしれません。しかし、対価をもとめる知識は集合知以上に価値のあるものとして、人々の安全を守る知識は無償で提供されたほうがよい。

いま(というよりもいまだに)ユヴァル・ノア・ハラリ氏の『21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考』という本を読んでいます。

21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考

21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考

 

この本でも指摘されているのですが、資本主義社会は行き詰まっていて、さらにAI(人工知能)の登場により、格差社会がより広がる可能性があります。

ぼくらはレガシーな資本主義のビジネスモデル、要するに労働集約型であったり競争社会の殺伐とした現実を変える必要があり、アフィリエイトモデルやインターネット広告のマーケティングのような「データ至上主義」に振り回されている限り、幸福にはなれないと感じました。

では、どうするのか?

そのときに大切なことは「競争から共創へ」という考えかたがひとつ。そして、「人工知能(AI:Artificial Intelligence)」と「集合知(CI:Collective Intelligence)」を二項対立ではなく、共創的に融合していくべきではないか、とぼくは考えました。

文章では分かりにくいので、図解してみました。

 

AIとCIの共創:Soseki21ブログ

 

マシンによる人工知能(AI)を人間の左脳的と考え、人間の集合知(CI)を右脳的と考えています。

人工知能は、インターネット上のデータ、外貨や株式など経済のデータ、医療やそれぞれの人間がリストバンドから収集したデータなどを解析して賢くなっていきます。

一方でにんげんは集合知として、暗黙知形式知化します。どういうことかというと、職人さんのワザは「その職人さんにしかできないこと」である以上、伝承することが困難です。また「なんとなく分かっているけど言葉にできない」ことは、言葉なり身体で教えることができなければ伝わりません。

と、同時に「感情も重要な情報」であり、感性、身体性、五感など、現在の人工知能が不得意な部分を共有することによって、集合知全体をアップデートできる気がしています。

この図を眺めて気づいたのですが、AI(人工知能)とBI(最低生活保障)とCI(集合知)は「おお!ちょうど頭文字がABCになっておる!」と。そこで「ABC逆三角形」として、パワポの図解を作り直してみました。

 

AIとBIとCIの「ABC逆三角形」:Soseki21ブログ

 

人工知能によって稼いだお金を最低生活保障として蓄積し、集合知を育成するために投資するイメージです。また、人工知能集合知はともに連携することで、知能を成長および進化させていく。

このためには、にんげんは「オープン」であることが前提だと考えました。

「これは真似されるから言わないでおこう(真似されるぐらいの誰でも可能な知恵に価値はないのではなかろうか)」「この知恵は高く売るために非公開にしよう(と、ケチって誰かの知恵を奪ってばかりのひとは、他人から知恵を与えてもらうこともなくなるよね)」ということです。

つまりですね、いつも情報発信しているひとであれば身に染みて感じていることだと思いますが「情報は、発信しているひとに集まる」。誰かから奪うことしか考えないにんげんは誰かに奪われる。与えることを考えている人間が豊かになれます。

マシン(AI)と人間(CI)が連携し、競争ではなく「共創」することによって、ぼくらの知恵はますます賢いものになり、いずれはAIが稼いだBI(ベーシックインカム:生活を最低保証する賃金)で、社会を底上げできないか?という構想です。妄想かもしれません。分からんけど。

しかしながら、社会はそんなに単純ではないですね。

単純でないとしても、お金やアクセスやふぁぼを血眼になって集める「不満足な社会」には、うんざりしています。「やさしい社会」をどうすれば実現できるのか。この課題に真剣に取り組まなければ、ぼくらは次世代に地球を存続できないのではないか? という強い危機感を抱いています。

ぼくのアタマもすっきりしない「雲」で覆われていて、どうもGroomyなのですが、何か突破口がないものか、雲のスキマを探しているところです。