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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

星野源さんの「うちで踊ろう」、初音ミクで踊ってみた。

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さくらの季節はあっという間に過ぎ去って、寒かったり暖かかったり、日々めまぐるしく天候が変わります。みなさま、ご自愛くださいませ。

COIVD0-19(新型コロナウィルス)に関する情報もまたコロコロ(コロちゃんだけに)変転している現在。この話題については触れないでおきます。というのは、自分が間違った情報を「拡散」することになるかもしれないから。

パンデミック(pandemic:ウィルスなどの爆発的な感染の拡散)はコロちゃんだけではないですね。インターネッツも間違った情報を拡散させてしまう場合があり、誤情報のパンデミックに加担した「当事者」になる可能性がある。フェイク(にせもの)のニュースが当たり前のように存在する現在、ちょっと検索して分かった情報だからといって、博識を気取って断定的に未来を語るのはよろしくないでしょう。

自分の偏見で情報を収集することもあるだろうし、真偽が明らかでないことはソース(情報源)を明示しても、ときに自分の信頼に関わる場合があります。

無知の知を唱えたのは、ソクラテスだったかプラトンだったか忘れました。

ソクラテスは何も記録に残さなかったのではなかったかな。残さなかったけれど「知らないことは知らないもーん」と言った(らしい)。それが大切だと思いますね。ドヤ顔で語るより。

世の中には知らないことが多すぎだ。

そもそも「なぜコロナウィルスみたいなとんでもない人類の強敵が登場したのか?」ということが分からなくないですか。なので、免疫学にかんする電子書籍Amazonのプライムリーディングで借りましたが、ツンドク本のままです。デジタルだから積めないけど。

前置きが長くなりました。「踊ってみた」話をします。

星野源さんが「うちで踊ろう(英語:Dancing On The Insede)という曲をインターネッツで発表して、誰か演奏をつけてみない?と呼びかけて、著名人のみなさんがコラボしたことが話題になりました。

政治のリーダーが、ご自宅でネコを抱かれた優雅な映像をアップロードして、お前は余裕かましていないで政治で踊っとけ!みたいな集中砲火を浴びたりしました。ヴァイオリンやチェロ、フルートなど弾ける楽器を演奏して、大編成のオーケストラに仕上げた動画もあります。こりゃ楽しそうだ!踊るあほうに見るあほう、おなじアホなら踊らにゃそんそん、と。

楽曲制作を道楽として嗜むものとしては、うずうずしていたのですが、ソーリがアイム・ソーリな時期は外して参加してみました。ぼっちのためDAW(音楽制作ソフト)によるコラボです。DAWはStudio One 4、初音ミクV4Xの英語バージョンを使いました。

じゃーん。

YouTubeで配信もできるのですが、いまのところYouTubeのほうにはアップしていません。というのは、プロトタイプ(試作品)に過ぎないと考えているからです。

仕事の納期に追われている時期、勢いで完成させました。「思っているんだけどやらない」リストが増えていくばかりなので、ここはやっちゃえと。

下手だろうが恥ずかしがろうが、やらないで批評しているより、やったものがマシだと考えます。ギターを弾けるようになりたい、プログラムをしたい、小説を書きたいと思っていても、思っているだけなら「妄想」だ。エアギタリスト、エアプログラマー、エア作家もアリだとは考えますが、やってみよう。踊ってみよう。

4月15日。

用事があって外出したところ緊急事態宣言の発令で外出を控えるように言われているにも関わらず、街はふだんよりひとが多いんじゃねえか?という賑わいようでした。

カップルなのか夫婦なのか、手をつないで(黒いマスクをかけて)お散歩するふたり。昼間っから酒でもかっくらったのか、よろよろになって歩いているおっさん。で、スーパーに行けば長蛇の列。

レジで並んでいるのが嫌になって、途中で買い物かごに入れた「おさかなソーセージ(意外においしい)」をもとの場所に戻して帰宅しました。なんだかむしょうにイライラしました。ウィルスより「時代の空気」「不安の感染」にやられたのかもしれません。ちなみに、どーでもいいのですが、最近、おさかなソーセージとメロンパンにはまっています。

夕方5時頃に帰宅して、仕事をしようと思ったけれど手がつかず、気分転換としてDAWによる「うちで踊ろう」をやってみたところ没頭してしまい、日付変更線を超えた1時に映像編集を終えました。ぶっ続けで8時間になります。音楽と映像以外のことは考えなかったですね。SNSも見なかった。

さすがに若かりし頃のように体力がなく、夕鶴状態(「わたくしの姿は、ぜったいに見ないでくださいましね」と言って襖を締め切って、部屋のなかで自分の羽を抜いて着物を織る鶴のおはなし)に消耗しましたが、翌日の朝には起きてスッキリしました。

道楽でも仕事でも構わないのだけれど「眼前のものに没頭すること」によって、逆に外のノイズ(雑音)を消して、健全になれる。そんな引きこもりかたもあってよい。

ツイッターやブログもツールでしかなく、現在のツイッターやブログに嫌悪感を抱くのであれば、自分が見ている視点が偏向しているかもしれないと疑う必要があります。

汚いものだけ見ていれば世のなかはゴミだらけだし、お花畑ばかり見ていれば世界は理想郷だ。「何を見るか」という主体的な選択、関わり方によって世界の見えかたは変化します。自分の軸がないと、他人の情報に翻弄されるものです。

物理学だったか量子力学だったか忘れましたが「世界は観察者が見るという行為によって生成する」ことを読んだ記憶がありますが、それに近い考え方かもしれません。シュレディンガーの猫だったかな、よく分からんけど。

あるいは、仏教や禅の「色即是空、空即是色」の考え方ともいえます。

そこには何もないが、ないものから存在を生成するのが、われわれの現実世界である、と。なので存在している何かは「無」が刹那に姿を借りている幻想かもしれません。儚きこと。

未来に希望を見いだせないときがぼくらにはある。

こころが弱いのではなく、運が悪いのでもない。

ぼくも絶望の淵に立った経験があって、いまでもよろけたら転落しそうな危ういエッジの上で生活しています。ぼくらはいつ死んでしまうか分からないし、未来が存在する保証は何もない。

そんな状況下でネガティブな情報に感染したら、いっぱつでやられます。こころにマスクはかけられないし、不安の感染度をはかる検査キットもない。

自分の気分を害する情報は見にいかなければいい。この時期、他人が過去に発信したネガティブな発言をわざわざ拾って拡散するひとがいます。そういうひとはブロックでいい。ネットにおいても、2メートル離れることは重要。

自己責任とは別の意味で「自衛」は大切です。

星野源さんの「うちで踊ろう」の「うち」は「家」だけでなく、こころの「内(うち)」も含めていることを音楽編集者/ジャーナリストの有泉智子さんのnoteで知りました。

さすが星野源さん。音楽はもちろん俳優や作家としても活動されている「表現者」です。確かに英語のハッシュタグは「Dancing On The Inside」で、HomeでもなければHouseでもない。

note.com

インターネッツの世界では、外部(そと:Outside)と内部(うち:Inside)の境界がなくなりつつあると日々感じています。脳内ダダ漏れ状態で思ったことを垂れ流している自分は、インサイドぎりぎりな際どさがある。

しかしだな、それでいいんじゃないかな、と。

だからといって、すべてを晒しているわけではなくて、きっちりOutsideも意識しています。インターネッツに公開している膨大な言葉は、自分の一面に過ぎず、氷山の一角です。語らないこともたくさんあり、現実の自分=ネットの自分ではありません。

平野啓一郎さんが「分人」という考え方を提示されています。

ぼくらには固定されたアイデンティティはなく、環境や他人によってフレキシブルに変わる「多面体」もしくはルービックキューブのようなものではなかろうか。そう考えれば「セルフブランディング」のようなパワーワードに追い詰められることもない。この言葉も使い方によっては「呪詛」になります。

ブロガー(そんなたいそうなものではないけれど)の自分としては、矜持を正して自分の言葉を発信したいと考えます。間違った情報を拡散する当事者になるかもしれないこと、その言葉で誰かを傷つける可能性があるかもしれないことを、常に「自覚」していたい。

ソクラテスではないのですが、自覚していることは、無自覚に言葉で乱射攻撃するよりいいんじゃなかろうか。

いつものように、面倒くさい哲学気取りの文章になっちゃいました。ここからは話題を変えて「うちで踊ろう」を制作したときのメモです。

この制作では、まず星野源さんの音源のテンポ(BPM)を解析することからはじめました。解析ソフトで計測したところ124BPM(Beat Per Minute)と分かりました。しかし、DAW(音楽制作ソフト)に音源を組み込んでドラムから打ち込み始めると、どうしても後半のリズムが合わない。

弾き語りなので当たり前なのですが、後半は走って(リズムが速くなって)いらっしゃるんですね。

最近の音楽制作ソフトは優秀で、音源のテンポをストレッチ(伸ばしたり縮めたり)することも可能です。けれども星野源さんの歌と演奏をいじってしまうことになるので、やりたくありませんでした。

そこで、前半は124をキープしながら、124~128の範囲でBPMを手動で変更しています。これが難しかった。きちんとやろうとすれば星野源さんの音源を細かくスライスしてビートを合わせることもできたのですが、時間がなかったので雑です。

星野源さんは、ご自身で譜面とコードを公開されています。譜面を見つつ楽曲を聴いて感じたことは、テンションコードとシンコペーションが巧みなこと。

テンションコードは、一般的に3つの音から和音は構成されるのですが(ド・ミ・ソ=Cとか)そこにもうひとつ音が加わった和音です。9th(和音の基本となる音に9度上の音が重なる)が最近好みのコードなのですが、11th(11度の音)の響きに惹かれました。

シンコペーションは、リズムの最初の音をズラしてノリを作ります。どん、どん、どん、どん、ではなく、どん、どん、どっど、どん、みたいな。ただ、個人的にはEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)とはいかなくても「踊れる曲」にしたかったので、いわゆる4つ打ちと呼ばれる、バスドラムのキックを強調したドラムにしてみました。シンコペーションの部分は、オープンハイハットで入れています。

最終的にはコード通りに打ち込んでもどうかな、というか、コード理論がよく分からんので、耳から聴いた音を頼りに自分なりに打ち込んでしまいました。最近そこが「甘いよね>自分」と思うところであります。理論の勉強が足らん。

初音ミクV4Xの英語バージョンを使って面白かったのは「いえーい」を英語の歌詞で「Yeah」と入力すると「やー」になった。

ウケました。ダチョウ倶楽部か!みたいな。

なので発音記号で「イエイ」にしています。英語バージョン使う必要ないのでは?とも疑問を感じた部分ですね。ちなみに「イ」は「e」です。そういえばイングリッシュは「English」だったな、と思ったりして。

さらに話題は変わって、先日J-WAVEを聴いていたら、井上陽水さんの「夢の中へ」が流れて、おおっこの曲はかっちょいい!とあらためて感じました。

テッド・ジェンセンさんのリマスター音源だったと思ったのですが、アコギのエッジの効いた音、ツインリード、そして王道的なコード進行でサビはマイナー(短調)になる。素晴らしい曲ではないですか。

歌詞にあるように、笑うことや休むことを忘れて、ここにはないどこかにある探しものに費やす時間があるのなら、踊ってしまえーという姿勢が、21世紀のいまこそ大切かもしれないですね。特に探しものが、他人の「あら探し」であれば不毛この上ないでしょ。


井上陽水「夢の中へ」(テッド・ジェンセン2017リマスター音源)

 一方で、星野源さんの曲には「夢の外へ」という曲があることを知りました。このMVに出演されているダンサーさんがとても素敵です。


星野源 – 夢の外へ (Official Video)

資生堂のCMに使われたとのこと。このダンサーさん、いまでもお元気でしょうか。元気に踊られているといいなあ。

最近の中高生はダンス映像をYouTubeツイッターなどにアップしていますが、とてもうまい。プロレベルのひとも多い。

身体的に踊ることは難しい。「こころのダンス(Dancing On The Inside)」はさらに難しい。特に暗い話題が蔓延している現在、ふさいだこころでは踊れません。

踊れないけれども、下手でも構わないし、手拍子だけでもいいのですが、身体もこころもダンスすれば気分が変わるかもしれません。身体を動かすこと、こころを動かすこと(を、感動というのですが)を心がけていたい。それでもムリなときは寝る。

現状維持も「大切な選択肢のひとつ」であると考えます。

成長だけ追い求めて窮屈になるのであれば、消極的な選択、等身大のミニマムな選択で、ムリなく生きることのなかにしあわせを見出す方向性の転換もきっとある。それが自分なりのダンスであれば、自分らしいダンスを踊りたい。

ダンスはすんだ?