Lifestyle Innovation | Soseki21

つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

いま、グローバルであること。

緑と地球:Soseki21ブログ

昨日の朝、東京では大荒れでした。とにかく雨が降った。

洗濯物を干しながら、J-WAVEのウェザーインフォメーションを聴いていたところ「東京は夕方にかけて豪雨のピークを迎え、バケツをひっくり返したような雨が降るでしょう。道路は川のようになるので、ご注意ください」という直喩連発の天気予報で、思わず笑ってしまいました。

天気予報はあまり比喩を使わないと思っていたので、斬新。けれども自宅に閉じ込められ、しかも雨というぼくらの現状を察して、わざわざ楽しめる原稿を作っていただいたのかもしれませんね。

天気予報のおねえさん、そしてJ-WAVEにありがとう!

うって変わって、今日は雲ひとつない青空が拡がっています。早朝の時間帯には、どこか黒ずんで見えました。しかし、これがほんらいの青かもしれません。外出を控えて自動車の排気ガスが減り、青空に深みが増したのかな?と考えました。

やっぱり、日曜日の朝は青空がいいですね。青空に感謝。

というわけで東京に「新しい朝がきた」わけですが、COVID-19(新型コロナウィルス)については「ブログに書かない」と書いたにもかかわらず、昨夜、連発したツイートをもとに、ウィルスの情報を踏まえて(リアルでもネットでも)狭いウィンドウの外を眺めながら、考えたことをまとめてみます。

GoogleにCOVID-19の感染マップがあることに、いまさらながら気づきました。Wikipediaがソースのようです。世界地図で可視化されていて(ヨーロッパと対岸のアメリカは酷い)感染者数のデータをソート(並び替え)することもできます。そこで、多い順=降順、少ない順=昇順に並び替えて傾向がみえないかな?と試しました。

news.google.com

Googleのほかには、米国ジョンズ・ホプキンズ大学システム科学工学センター (CSSE)もダッシュボード風のインターフェースによる感染マップを公開しています。WHO、CDC(アメリカ)、ECDC(ヨーロッパ)、CCDC+DXY(中国)の情報をもとに制作された、とても分かりやすいWebサイトです。

しかし、このWebサイトを真似たマルウェアを仕組むサイトがあるとのこと。マルウェアはウィルスのひとつで、Webサイトにアクセスするとパソコンにウィルスがダウンロードされて、パソコンから情報を盗みます。きちんとウィルス対策をしていないと危険。

したがって、こちらのWebサイトの引用は控えます。自宅に引きこもってパソコン三昧のかたもいらっしゃるかと思いますが、やばいWebサイトにアクセスしてダウンロードの許可を求められ場合、ぽちっとうっかりクリックしないようにご注意ください。

ただでさえ現実のウィルス感染に困っているところに、パソコンまでウィルスにやられたら大変なことになるので。

差別や批判の意図がないことを前提で述べます。

アメリカでいま中国にCOVID-19に関する賠償責任を求める動きがあるようです。賠償責任はともかく、コロナを拡散した中心である中国には、全世界的な責任があるとぼくは考えます。したがって再発防止のためにも、きちんと中国は情報を開示して原因を究明すべきではないか。

いまはまだ外出を自粛して、場合によってはロックダウン(都市の交通網に及ぶ閉鎖)により、パンデミックを防ぐことが先決です。とはいえ、収束が少しでもみえたら中国は情報を開示し、できれば全世界が協力して(AIなども活用して)「とんでもない脅威となったCOVID-19をもとから絶つ」ことが重要ではなかろうか、と。

地球温暖化にともなう自然災害の増加に加えてパンデミックが起きたら、戦争どころの話ではなく、ほんとうに予期せぬ感染で人類は滅んでしまうのではないか?と思いました。国が仲違いしている場合ではなく、経済の復興はもちろん、COVID-19のような脅威の再発防止が必要だと考えます。

中国を悪者にするつもりはないけれど、急速な成長の影で杜撰な管理や、わけのわからないビジネスが横行していたのではないか?と疑われても仕方がない。ウィルスが自然発生的なものであれば、抑止できなかったことも水に流しましょう。けれども、人為的あるいは管理の不徹底から生まれたものであれば、全世界に責任をとるのが誠実ではないでしょうか。

そんなことを考えながら、GoogleのCOVID-19感染マップで感染者や死亡者のデータを並べ替えていて思ったのは、ランキングじゃねえだろ、ということでした。

「どこの国に移住すれば安心か?」という視点は「利己的、自己中心的な考え」だと思います。地球全体が救われなければ意味がない。どこにいたって脅威は迫ってくるわけで、挙句の果てには、ウィルスの感染で手がつけられなくなった地球を脱出するか?ということになる。さらに地球を脱出できて生存できるのは一部の富裕層だけで、貧困層は地上に残されて防御マスクをかけながら生活する、と。SFみたいですが。

海外移住者や海外かぶれで、すぐに「海外では」と言い出す日本人を「出羽守(ではのかみ)」と呼ぶらしい。

ではのかみは、結局のところローカルな田舎もので、グローバルな意識に欠けている考えます。日本と海外を比較するだけの思考は薄っぺらい。ほんとうにグローバルな意識をもつということは「地球規模の思考ができるか?」ではないか。

「自分の子どもが病気や不幸にならないでほしい」というのは、おかーさんとしては当然の愛情だとは思います。しかしながら、おとーさんとして何が必要かといえば「おうち」のことだけではなく「国家<地球<宇宙」規模で、時空を超えて思考するチカラだと思う。大袈裟すぎるかもしれません。しかし、それが男ってもんだ。

会社に行かないで、旦那さんがおうちで家事をする、子育てを手伝う、引きこもって道楽三昧の生活に耽るのもいいでしょう。しかし正直なところ、みみっちい気がします。そういう時代なので、そういう男が増えることも「新しいライフスタイル」なのかもしれません。とはいえ、小市民的じゃねえかなあ。

という自分が、みみっちいおじさんです。面目ない。

しっかりしなければ、と思いました。

いや、とてつもなく消耗しながら日々生きているだけでエライとは思うのですが、地球の存続に関わる問題に直面している印象が否めずに、何もできない無力さに打ちひしがれています。

なんとかならないものでしょうか。このどうしようもない現状を。自然災害が増加した上にパンデミックで、国家も政治も責任の押し付け合いで、いがみあっているような現状を打破できないものか。

という考え方は傲慢かもしれません。ぼくらは粛々と日々の生活において自分たちで可能なことに注力し、いつもと変わらない朝を笑顔で迎えること。そんな暮らしを維持することが、ささやかだけれど大切なことなのかも。

日本は世界と比較して幸福度が低く、みずからの命を絶ってしまうひとが多いという統計的なデータを引き合いに批判されることがあります。

しかしながら、ぼくは裏返せば「悲観的な考え方が日本のよいところ」が持論で、というのは共感力が豊富で、免疫力の少ない繊細な民族ではないか、と考えるからです。他人の言葉にすぐに傷ついてしまうし、他人のかなしみを自分のかなしみのように感じられる高度な感性つまりセンスがある。さらに勉強家が多い。だからこそ独自の文化を開拓して、世界が目を瞠るような復興を遂げてきました。

悲観的であることはちっとも悪いことではない。懐疑的であるからこそ哲学が生まれる。その意味では、ドイツと似ている気がします。似てはいけないところがあるかもしれないけれど、国家だって個人だって、どんな短所も裏返せば長所に成り得る。視点の持ちようです。

昨日は夕方から豪雨になるという予報を聴いて、昼間の雨が小振りになったときをチャーンス!と見据えて外出して、おさかなソーセージとメロンパンをゲットしました。嬉しい。

とはいえ雨なのでテンション低めで映画でも観るか、と思って『オーケストラ!』というフランス映画を鑑賞しました。感動して、ぼくが豪雨でした(苦笑)。一方、映画鑑賞が終わった頃には雨が上がって青空さえ見えて、バケツのような豪雨はどこいっちゃったんだ、おーい!みたいに脱力しちゃいましたね。

COVID-19によるパンデミックも、収束したときには「あの自粛した毎日はなんだったんだ。おーい」みたいな拍子抜けになっているといい。いや、きっとそうなるはず。そうしたい。

ちなみに『オーケストラ!』という映画は、政治的な理由から楽団を追われて清掃者になり果てた元ロシア・ボリショイ交響楽団の指揮者アンドレイ・フィリポフ(アレクセイ・グシュコブ)が、かつての仲間とヴァイオリンのソリストであるアンヌ=マリー・ジャケ(メラニー・ロラン)を迎えて、パリでコンサートを開催する物語です。


映画『オーケストラ!』予告編

アンヌ=マリー・ジャケは若くて絶世の美女なのですが、彼女を選ぶ理由があった。そして、オーケストラで演奏する楽曲は、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でなければならない理由と秘密があった。

楽団を追われて貧困生活をしながら音楽家であることを忘れていない楽団員たちのドタバタのコメディ、シリアスな政治的側面、音楽をめぐる切ない過去の物語がバランスよく重なりあって、とてもよい映画でした。フランス映画なのでキャスティングはもちろん、おしゃれな雰囲気があります。

それにしても、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が、こんなに素晴らしい曲だったとは。

 ぼくは個人的にクラシックに対する苦手意識が強く、特にオーケストラのような大袈裟な楽曲はこれまでずっと避けてきました。しかし、この映画を観て「えっ!チャイコフスキーが分かるぞ、最高じゃん」と思いました。おそらく物語の重要な背景として使われているからかもしれないけれど、きちんと交響曲を聴いてみるつもりです。

クラシックに疎いので「指揮者は何をやっているのか?」役割がよく分からなかったんですよね。しかし、この映画を観て、指揮棒とアイコンタクト&全身でコミュニケーションして全体のパフォーマンスを上げているのか、と理解した(つもり)。

言葉にしなくても「伝わる(える)」能力は凄い。全体を統率して、それぞれの演奏者の能力を最大限、それ以上にまで引き出す役割は大切。

IT業界にオーケストレーションという用語があります。

オーケストラに喩えて、ばらばらなアプリケーションを統合して業務フロー全体に最適化、最大のパフォーマンスを引き出すためのソリューションをいいます。国や政治にもオーケストレーションが求められるのではないか。

しかしながら、音楽映画に出演する俳優さんは大変だろうなあ。大編成のジャズで教師とドラマーの音楽的闘いを描いた『セッション』も舞台の緊迫したシーンが重要でした。音楽をテーマにした作品では、ジョン・カーニー監督の『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』『シング・ストリート 未来へのうた 』も好きな映画ですが、そのことについてはまたいつか。


軽快なドラムプレイ!映画『セッション』「ウィップラッシュ」演奏シーン


はじまりのうた BEGIN AGAIN(予告編)

このふたつの予告編は、ひっぱたくシーンが多いかもしれない(笑)。

物理的にも言語的にも「誰かをひっぱたく」のは自粛したい。家に閉じこもってイライラするのであれば、人混みではない場所の散歩はまったく問題ないそうです。あるいは身体を動かすのがいちばん。

街で演奏できなくなった現在、ストリートミュージシャンも演奏の場を失ったのではないでしょうか。といってもYouTubeなどがあるから、インターネッツをフルに活用すればいいか。

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根拠のない楽観主義が、ときには必要かもしれないですね。

しかし、悲観的な考えを生活の基盤にすると、今日の天気が青空というだけで嬉しくなるじゃないですか。ほんとに今日の天気は最高です!こんな日曜日にお昼寝できたら最高の在宅、じゃなくて贅沢だ。

と、最高気分を満喫しながら、最後にぼくが1994年のいまごろに残した曲をご紹介します。数曲まとめてカセットテープに収録したのだけれど、その後、お蔵入りになっていました。物持ちがいい(というか捨てられない)性格なので、過去のバンドの練習録音も全部残しているのですが、この曲もカセットテープを放り込んだ箱から発掘してデジタル化したものです。

空は、ほんとうに青いか?という視点が必要ではないかと考えます。

石田衣良さんにそんなエッセイ集のタイトルがあったっけ。R25というフリーペーパーに連載されていたエッセイでした。さらに大切なことは次のようなことです。

この空はどこかの国や人々とつながっていて、地球は空に守られている。

クラウド(インターネットで利用するさまざまなサービス)も国境を越えてつながっている世界ではないかと考えます。リアルとインターネッツにおいて、窓の向こうには誰かがいる。その誰かを想像して、いまは引きこもってみますか。ゆっくり歩めばいい。焦る必要はないし、焦っても何も変わらない。

日々を楽しみましょう。

地上の見ず知らずの誰かが、一日を素敵に過ごせることを祈りつつ。