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つぶやきのまとめ。とりとめのない思考を書き綴っています。

線的(リニア)に展開する物語/音楽/映像。

手回しオルゴール:Soseki21ブログ

COVID-19により自粛が余儀なくされている現在、時間感覚が研ぎ澄まされた気がしています。時間の流れをゆるやかに感じることがあれば、え?もうこんな時間?と驚きます。あっという間に、一週間が過ぎてしまう。

もともと自宅勤務だった自分は何も変わらないはずなのに、やはりニュースの感染情報や、毎日のようにけたたましく鳴り響く救急車のサイレンを聞いていると、見えない脅威にやられてしまうようです。

とはいえ、東京では、ゴールデンウィークの頃と比較して、サイレンの数が減りました。やれやれな感じですね。事実、報道されている感染者数は、著しく低下しています。けれども、いま耐えることが二次感染を防ぐために重要ではないか、と考えています。もうちょっとだけ頑張ってみますか。

先日、ネットワーク用語のノードで物語を分析する試みについてエントリを書きました。今回はその続きです。

soseki21.hatenablog.com

このエントリでは、ソシュール「言語の線上性」という考え方をベースに、線の上に並ぶ物語を読み進めていく行為から、物語の構造を分析しようとしました。

学生時代に学んだことを復習すると、発話(パロール:Parole)において、言語の線上性は顕著です。人間は同じ言葉を同時に発話することができず、話した言葉は線的(リニア)に時間軸に並びます。したがって、次に話した言葉が打ち消しであると、前の言葉のイメージを払拭して、あらたな世界をつくる。

パロールと対比する概念に、書かれた言葉(エクリチュール:écriture)があります。読む行為を詳細に確認していくと、書かれた言葉も同様ではないか?と考えています。というのは、人間は「言葉で思考する」ので。

物語を読む行為は音読しなくても脳内で言葉を「読む」ことによって、物語の世界を再現しているわけで、読む行為が言葉の線的(リニア)な流れにしたがう以上、物語も線的に構成されるのではないか。

いや、伏線やイメージは並行して拡がるだろ?というかたもいらっしゃるかもしれないけれど、それは「言語の線的な流れを止めて、読まれた物語全体を俯瞰したときに生成するもの」ということが自分の解釈です。統辞(シンタグム)の関係にあった言葉を範列(パラディグム)の関係につなぎ直すときに、並行した伏線の関係やイメージの拡がりを生成するのではないか、と。

この思索を前提に、物語から離れて考えると「音楽や映像も、時間軸に対して線的(リニア)な構造であることは同じではないか?」と展開してみました。

道楽で自作曲の音楽をつくり、その音楽に映像をつけるようになった自分だから感じることかもしれません。とはいえ、DAW(音楽制作ソフト)の画面では、左から右へと流れていくピアノロールという画面に音を打ち込んで制作していきます。

分かりやすくいえば、オルゴールの円筒をいちまいの板に展開して、左から右へと展開したようなものです。

ちなみにオルゴールの歴史を探ると、台紙にパンチで穴をあけたものを手回しで読み込んで鳴らすタイプがあります。その仕組みを応用して、スウェーデンのアーティストさんがすごいものをつくっています。これです。


Wintergatan - Marble Machine (music instrument using 2000 marbles)

なんだこりゃ!と思いました。でも楽しい。

演奏される音楽はアナログとはいえエレクトロニカ風で、いまパソコン上で簡単にできるところを、わざわざでっかい機械を組み立てているところに意義があります。製造過程のメイキング映像も観た記憶があります。「大人の科学」あたりで簡易ミニチュア版があれば、買ってしまいそう。ピタゴラスイッチ的でもある。

ところで、こうしたオルゴール的な楽器、ピアノロールというDTM(デスクトップミュージック)の画面を考えながら連想したのは、初期のプログラムも同じであったな、ということでした。台紙に穴をあけてプログラムを「書いて」でっかい汎用コンピュータに読み込ませて実行していたはず。

なので、プログラムと音楽、音楽と小説は似ていて、結局のところプログラムと小説も似ているのではないかな、と考えます。あくまでも文系的思考ですけれども。

参考までに、楽譜というエクリチュールは書かれたものであるために全体を見渡すことができますが、演奏された音楽の旋律は時系列で展開されるため、何もないところから立ち現れて消えていくものだと考えます。

ジョン・コルトレーンの「Giant Steps」の演奏に譜面をつけたYouTube動画を観て、この発想を得ました。


Animated Sheet Music: "Giant Steps" by John Coltrane

ちょっと横道に逸れて、余談を挿入します。

5月9日の日曜日に、かつてボカロでつくった曲をアレンジして自分で仮歌を入れました。久し振りに音楽制作の道楽に没頭したのですが、コロちゃんのストレスやら片付けていない仕事やらで、歌を入れる頃には疲労困憊状態だったので、歌は入れ直すつもりです。

この楽曲は、実はアイドル向け音楽のコンペに応募してボツった曲なのですが、そのときのプロトタイプから、アレンジの変遷を時系列に並べてみます。

2020年2月バージョンの映像で使った子供が走っている後ろ姿の写真は、フリー素材の「写真AC」さんのストックから使わせていただきました。どこかでみたことがあると思ったらこれか。北欧のポストロックバンド、シガー・ロスのアルバムのジャケットでした。

残響

残響

 

 すっぽんぽんではありませんが。それはともかく。

1)2019年12月バージョン→2)2020年2月バージョン→2020年5月バージョンと、時間軸上では3つの推移でアレンジを変えてきました。

やや趣味的なことを語ると、1)はStudio One 4というソフトで制作しました。そのファイルをMIDIファイルに書き出して2)では無償のDAWであるCakewalk by BandLab(もとはSONAR)上で、これもまた無償で提供されているギターVSTiでオケをつくり、初音ミクを加えたものです。したがって、同じ打ち込みデータをもとに修正しているので、あまり大きく変わっていません。変わったといえば、メロディに歌詞をつけたことです(これが大きな変化だとは思いますが)。

実はこの歌詞は、メロディを考えたときに既におぼろげにイメージが浮かんでいて、それを明確な言葉として引き出しただけです。

かっこよく言ってしまえば、木材の中にいるホトケをほっとけずに彫り出してあげた、という感じ(シャレです)。ただ、一度掘り出すと次々に言葉が出てくるので、試行錯誤はあったものの、すんなりと自然に歌詞がつきました。

3)では、まっさらな状態からStudio One 4で制作をやり直して、曲の冒頭にちょっとした序曲的なものを入れました。これはループ音源を切り貼りして制作しています。さらに、テンポ(BPM)を落として、ドラムとピアノ、ホーンセクション中心のバンド編成らしく変更、楽曲のコードをメジャー7th系に変えました。いわゆるテンションコードにしたわけです。これだけでも3)はこれまでと雰囲気が変わりました。

自分で歌うことを想定してアコギで弾き語りをしていたのですが、ギターの弦が錆びてしまったので打ち込みに変えた、という経緯があります。ほんとうは弾き語りで公開するつもりだったんですね。自分で歌うため、ボカロのアレンジでは恥ずかしいなあ、と感じて、メジャー7th系を使えばシティポップスっぽくなるだろ、という安易な考え方でつくりました。

「音楽や映像も、時間軸に対して線的(リニア)な構造であることは同じではないか?」ということを書きましたが、おそらくソフトウェアをいじったことがないと分からないかもしれません。そこで、実際にソフトウェアの画面キャプチャーを掲載します。

まず、音楽制作ソフトStudio One 4の画面です。

DTMDAWの違いってなんだ?という疑問があるかもしれませんが、元祖はDTM、オーディオファイルを扱えるように拡張したDTMDAWであると考えています。オーディオファイルを読み込んだパートはギザギザの波形、打ち込み処理したものはドットによるピアノロールで表示されます。

Studio One4の画面キャプチャー:Soseki21ブログ

この画面の下部、タテになった鍵盤の右に表示されているのは、ピアノ演奏の打ち込みです。プレイボタンを押すと、この画面が左から右に流れて打ち込んだ楽曲を再生します。さらにその下の縦棒はピアノの強弱(ベロシティ)になります。

ぼくは鍵盤を弾けないし、そもそも持っていないので、この画面にマウスでぽちぽち1音ずつ音を置いて、音の強弱を和音や1音で変えながら音づくりをしています。オルゴールをつくっているようなものです。

次に、映像編集ソフトAdobe Premirer Pro 2020の画面です。

いちばん下にタイムラインが表示されていますが、この部分に音源、写真、動画などの素材をドラッグ&ドロップすることで動画を作成します。

Premiere Pro 2020のキャプチャー画像:Soseki21ブログ

映像の切り替えのエフェクトはトランジションと呼びます。もあーっと言う風に文字を出したい(フィルムディゾルブ)とか、どーんと画像を貼り付けたい(ズーム)などの効果は、エフェクトのプリセットが用意されているので、効果をつけたい写真の上にドラッグ&ドロップすれば簡単に編集できます。

ぼくが意外にすんなりと動画編集ができたのは、DTMで音楽制作をしていたから、という気がします。あとは仕事でPowerPointを駆使してきたことが役立ちました。

したがって、これは個人的な感覚に過ぎないのですが、DTMDAWで音楽制作をしている人は意外にスムーズに動画編集ができるし、動画編集ができる人は案外簡単に音楽制作もできる気がします。

いやーそんなにできないよ、という人は「やっていないだけ」では。もちろんお金を稼げるプロレベルになるならば話は別です。

音楽制作、映像制作を本業とされているかたにはいらっしゃらないでしょうが、ぼくは時系列で制作していることを忘れてしまうことが多い

どういうことかというと、音楽は空間系のエフェクトの拡がり、動画編集では色彩表現にこだわって、ストーリーの大切さをおざなりにしてしまうということです。しかし、音楽でいえばメロディの流れやコード進行、動画ならクライマックスまでの盛り上げかたが大切ではないかと最近は考えるようになりました。動画はまだ見習い段階なので、今後は起伏のつけかたを学びたい。

と、ここからが本論なのですが、前回、ノードの発想からミニマムな物語の構造を考えました。「はじまり」「ちゅうかん」「おわり」という3つのノード+2つのリンクの構造を例に挙げています。さらにこの構造に『易経』からインスパイアされた「陰陽の軸」を加えました。

前回の最後にまとめた陰陽の図解を引用します(シャレじゃないです)。

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そこで、このモデルに、ぼくが制作した楽曲をあてはめてみます。1)はフラット、2)はボカロなど歌詞を加えた(+)ので「陽」、3)の作品はテンポを遅くして声が暗めなので「陰」にプロットします。こんな感じになります。

ノードによる小説の構造分析04:Soseki21ブログ
ここで重要なことは、陽=明るい/よい、陰=暗い/いけない、という固定観念は間違っていることです。

物語の構造を陰陽にプロットして考える方法は『易経』から着想したものですが、易経では、決して陰陽のうち陰を「よくない」ものとして定めていないと解釈しています。

個人的な解釈にしか過ぎないので、易経の研究家のかたには別の解釈があるかもしれません。しかしながら、ぼくは易経の思想は「世の中のあらゆるものは陰陽で構成していて、陰陽で移ろう。以上」という科学的な視野を提示するものであり、陰は陽をたすけ、陽は陰をたすけ、その配分がグラデーションで変わっていくことが世界観が易経の世界ではないか?と考えました。

実はこの先の構想がかなり拡がっているのだけれど、なかなか先に進めずにもどかしく感じています。うーむ。まあ、ゆっくり理論を展開しましょう。

音楽理論に、和音の展開があります。

この和音の展開にもノードによる物語の構造分析+陰陽によるプロットは使えるのではないか、と考えました。

基本的にいま3つのノードを想定しているので、3コードの進行になります。最も基本的な進行はⅠ(トニック:キーつまり1度)→Ⅳ(サブドミナント:4度)→Ⅴ(ドミナント:5度)で、安定した進行です。とはいえ、すべてメジャーコードなので、プロットすると陽の上の部分だけになります。

そこで、メジャーとマイナーコードが混在した進行例を、自作曲の「会いに行くよ」からピックアップします。キー=D、ギターの場合カポ2でCなのですが、間奏で使った特徴的な(というか個人的に好きな)進行に、テンションを省略すると「Ⅳ(G)→Ⅴ(A)→Ⅵ(Bm)」があります。この進行は度数としては上がっている(4→5→6)にも関わらず、最後がマイナーなので「すとんっ」と落ちます。

実際にはメジャー7thや9thを入れたテンションコードでアレンジしたつもりですが、あらためて聴いてみると、いろいろと試行錯誤した結果それほど複雑ではなくなってしまったようです。さらにAメロの部分でも使ったと思っていたら、中間部分の進行を省いていました。

しかしながら、間奏部分では言いたいことが伝わらないので、あえてAメロのマイナーコードが出てくる箇所を3コードにして図解すると次のようになります。

ノードによる小説の構造分析05:Soseki21ブログ
ただ、この落ちた音の響きがあるからこそ次にⅣのメジャーコードに進行したときに、この和音がいっそう明るく輝く。

誰かに会いに行くときは、会えるかどうか分からないので「不安」や「緊張」とともに、けれども会ったときの「期待」や「喜び」もある。そんな陰と陽の混在して、天気のようにくるくると変わる気持ちの表現としては適切ではないか。メジャーのパワーコードで押しまくるのではなく、マイナーコードや複雑な印象があるテンションで喩えた、といえるかもしれません。そういう意図で制作したわけではなく、いま後付けで分析して分かりました。

珠玉のポップスは「マイナーコードの使い方がうまい」と感じています。というのは、たとえばレンアイを例にしても、楽しいことばかりではなく、辛い時期や喧嘩して互いに傷つけ合ったりもする。それがストーリーだ。

小説も浮いたり沈んだりがあってこそ物語の醍醐味があるわけで、沈んだときがあるからこそ浮いたときが輝く。

人生も同じだと思います。

いまCOVID-19に耐える日々は次に「新しい日々に出会う」ために、マイナーコード進行を選んでいるわけで、世界や人生が変わるものであるならば(もしかするとマイナーコードが持続する場合もあるけれど)、次にメジャーコードに展開したら、より明るいと感じるはず。

人生は音楽じゃないよ、とシニカルに語るひとがいるかもしれません。けれども、音楽のように人生を生きたほうが楽しいのではないでしょうか。他人のことは、分からんけど。ぼくはそんな風に生きたい。

さて、技術用語から音楽、小説、そして人生までごっちゃまぜに語る構造分析は、さらに続きます。